飲み物としてのチョコレート

ここ数年の冬の密かなお楽しみは… スーパーでチョコレート飲料を見つけること。
スジャータ製の「ミルクチョコレートドリンク」が、それ。

3年だか4年前にこれをスーパーの棚に見つけた時にゃ、ちょっと狂喜した。
「あっ!」
てなもんだ。
「あるんだ、こんなのっ!」
てなもんだ。

飲料コーナーにあるのは、まずマチガイなくココアであって、チョコレートは… なかったんだ。
それがこのスジャータ製でちょっと様相が変わった。
ココアではなくって、チョコレートを飲むというのをボクが最初に知ったのは大学生の頃で、豪華絢爛に有名俳優が続々登場の「オリエント急行殺人事件」という映画を観た時だった。
アルバート・フィニー扮するポアロ(このポアロはかのTVシリーズのあれよりもイイ)が食堂車内で食後に小さなグラスですすっていて、
「うん? 何じゃ、あれは?」
なのだった。
同じ頃に原作のクリスティーの小説を読んで、それがチョコレート(チョコレットといった方がカッコいいけど)だというコトを知って、
「へ〜、ベルギー界隈じゃ、ココアじゃなくってチョコかよ〜」
と、ちょっくら感心したもんだった。

とはいえ、それをスグに飲んでみたいとかは思わない。
ボクの大学時代は70年代で、顧みるまでもなく、それほどに裕福でない。
乏しい仕送りとアルバイトでかろうじてパンの耳をかじってた時代なのだ。
当時、ボクが知るかぎり、ボクを含めて友人らの親からの仕送りは概ねで3万円前後であって、それでアパート代も食費も諸々いっさいをまかなっていたのだった…。
当然に、ヒトツキを過ごすには足りない状況によく陥って、それで皆な、金欠になるとやむなくもアチャラやコチャラでバイトしたもんだった。
そのバイトも、今のようにコンビニで2時間だけ… というのはない。
バイトとて8時間がほぼ原則なので、そうすると、学校には行けなくなるから、皆な、短期の、3日だけとか1週間だけというのを懸命に探してたもんだ…。
だからこそ、この当時に放映された「傷だらけの天使」のトップシーンが強烈なのだった。
萩原健一がアパートでアレやらコレやらを無作為無造作容赦なく喰い散らすあのシーン。
それはもうま〜るで夢のような、けれど、ゼッタイに近いウチには真似て、
「ショ〜ケンみたいに、コンビーフ缶丸かじりで牛乳で流し込みをやるぞ! やるぞ!」
な、上昇思考のガッツを植えられた時代なのだった。
当時に大学生だった人の多くは、このシーンに洗脳され、揺すられ、羽交い締めにされ、なんだかもうガムシャラにやってコンビーフ丸かじりにありつくのだ… と酷烈に思ったものなのだ。
けども、当時、貧しい〜! と嘆いたコトはない。今こうして振り返ってみて、貧しかったのだにゃ〜と感想がわくだけで、当時、そう発想したこともない。
それはそれで大いなる満足が多々あった時代なのだ。ないものはねだらない時代なのだった。
その頃にマクドナルドが日本に進出してきて、大阪は天王寺にも支店が出来て、そこで200円くらいなビッグマックとバニラシェークを初めて口にして、バニラシェークがストローで吸えず、
「混ざってないじゃないか」
と、勇気を出して店員に文句をいったら、
「いえ、アメリカではこうなんです。中にソフトクリームが入っているんですから」
と、実に丁寧に返されて、なにやら赤面するような羞恥をおぼえつつも、
「わ〜、そうなんだ〜っ」
息苦しいストローにコペルニクス的大転換を見せつけられて、どえらい時代に突入しちゃったぞ〜と思ってたくらいだ…。 
なので、そんな時代の中、チョコレートの飲み物といった豪奢は考えるゆとりもない雲の上の宝の飲み物としか定義出来ずで、生活の範疇になくって、口にしたコトもなければ、飲みて〜〜とも思っていなかったワケ。
70年代の、蒼い、髪の毛も肩まで伸びてて、いつでも"結婚しよう〜よ〜♪"で、食の餓(かつ)えが常駐の時代が過ぎ、80年代、90年代、そして最近になるまで、だからポワロのチョコのことは、忘れたワケではないけれど、心の隅っこにうずくまってジッとしていたんだろう…。
それが、近所のスーパーに、しかもお手軽な感じでもって、名も、
『ミルクチョコレートドリンク』
なのだったから、途端に、蒼い記憶がうずいた。

近年はモノ忘れが激しくって、眼の前でしゃべっている人の名前をホントは忘れてるといった悪しきな状況にありつつも、ポワロがチョコレートを飲むシーンは鮮烈に蘇った。
澄まし顔で品よく行儀よく飲んでる、きどったポアロのタマゴ形のポマード頭と共に、小さなグラスの中の(量は実に少ない)チョコの茶色が復活した。
スジャータのそれは、ミルクと頭に付いてる通り、濃くはない。
日本人の味覚に合わせた妥協があり、映画にみた粘るような感触はさほどにない。
いわば、本物のそれを薄め、さらにミルクを混ぜてマイルドに… な代物なのだけども… だけども、ココア飲料ではなくってチョコレート飲料という点で、ボクの魂を熱してくれるのだった。
スジャータは名古屋のメーカーゆえ、関東方面では多々に出回っているのかも知れないけど、ここ岡山市では、この『ミルクチョコレートドリンク』はあんまり姿をみない。
入荷量も多くない。
さほどに売れない… というのが多分、品薄の最大要因だとは思うけど、そんなワケでスーパーにお買い物に出かけるとボクは必ず、飲料コーナーを密かにチェックしてる。
けっして必死に探すという次第でなく、あくまでも立ち寄った先で、
「あるの? ないの?」
程度な探査を、する。
今のところ、発見できた店はハピッシュの国府市場店、プラッツの雄町店の2店舗のみで、それも常にあるワケでない。
あったり、なかったりする。
だから、入荷する量が少ないと判る。
人気もさほどあるモノでないということも判る。
出回るシーズンも限られていて、1月中頃から2月いっぱい程度というパターンでここ数年は推移してる。
だから、見つけると当然に顔がほころぶ。
2本か3本を、買う。
4本は買わない。
そこまで入れ込むモノでもないと、自身を戒めるだけの度量があるボクはえらい。
大人だ!
このスジャータ製は、甘い。
チョコの苦みが稀薄で、チョコだけども方向は甘い方に向いたままで微笑んでるみたいな感があって、だからポアロのように食後に少しだけ熱いのを優雅にすするというシーンを自分で演出はできない。
マグカップになみなみ注ぎ、レンジでチ〜〜〜ン。
コーヒーの替わりといった感じでしか演出は出来ない。
だけども〜〜ん♪、チョコレートはチョコレート。ココアではないんだからな。
で。
やはり数年前だかに、例のコストコなる米国仕様のスーパーのことを知って、
「ひょっとして、米国にならそんなのも廉価であるんじゃないかしら?」
と、気になって、2年ほど前に、ノコノコ、岡山から一番に近い店舗たる"コストコ尼崎倉庫"にまで出向いてみた。
ご存知の通り、ここは会員にならないと入店できない。
法人会員と個人会員の2種があって、訊けば、法人会員の方がダンゼンに会費が安い。

「名刺があれば法人会員登録オッケ〜です」
とのコトで、いかんせん、初めてコストコに出向いてるワケで仕事の名刺なんぞ持っちゃ〜いないわな。
でも、お財布の中にただの1枚、OJF、岡山ジャズフェスティバル実行委員会の名刺があったにょだ。
どうでもいいやとそれを提示したら、そのまま登録出来ちゃった…。
なので、なんかカッコ悪いし、悪事を働いたよな気分(カード裏にプリントされる顔写真をその場で撮られるからね)もチビッとあったけど会員になって、お見事、入店だ…。
行ったコトのある人なら判ると思うけど… 店内の商品に眼が廻った。
「なんじゃこりゃ〜」
なデカサにヤスサにリョ〜に、しばしアッケにとられたワケだ。
で。
チョコのドリンクは有るや?
結論を言うなら、今のところ、何どか出向いたけど、ナイの。
チョコなドリンクはないの。
でも。
一点、代替えとして「ココア」なんだけども買ったものがある。

インスタントなココア。
でかい。
安い。
このサイズで680円だから… そりゃ買いますわ。
缶の中には大量の粉。
これをカップに適量とってお湯でグルグル。
甘いけど、まずくない。
1日に何杯も作っちゃ飲み作っちゃ飲みしても、一向に缶の中身が減った感じがないボリュームで680円なのだから、クセになる。
この2月末くらいに、三宮にあらたにコストコが出来るそうなので、実は密かに愉しみにはしている。
尼崎コストコ倉庫店に出向くより、交通費が半減(というホドでもないが)するし、行って帰る時間も短縮できる。
70年代の学生だった頃の自分には、とても想像出来なかった30年後の未来がこれだ…。
たかが食品。されど嗜好の食品。
以上。
冬のささやかな食の愉しみについてを、チョコっと… バレンタインな翌日に。
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ちなみに、このiPhoneが小さく見える、どでかい缶のインスタントに、ボクは勝手に邦題をつけている。
字で書くとつまらんけども、声に出してみると、なかなか良いのだ。
スイス味噌。
ほれ、アータも声に出してみ。
ヨーロピアンなココアチックな旨味が日本の風土に溶け込んで行くようじゃないかい。