MIB3 〜コルビークレーン〜

映画『メン・イン・ブラック 3』(以下MIB3と記すね)はウィル・スミス扮する"エージェント・J"が1969年7月にタイムトリップして若き"エージェント・K"に出会うという話で、娯楽作として、マ〜、面白い部類に入るんじゃなかろうかと思ってるけど、このシリーズのいささかグロで下品な感触は… 好きでない。3作通して、ヘンテコでトンマな宇宙人が特に僕の嗜好にそぐわない。
けども、この『MIB3』をここであえて取り上げるのは、後半クライマックスでの舞台が1969年7月16日のケープカナヴェラル、アポロ11号の発射塔という、ボクの好む場所だからだ。
(最初の月面着陸となるアポロ11号発射の当日だよ)

上と下は映画のスチール。徹底したCG映像でもって、かつてのどの映画よりも克明に描かれているから… これは特筆もの。
塔からの緊急脱出カーゴや脱出トンネルのことが描写され、とくに脱出トンネルは今まで映画に登場したことがなかったゆえ余計、「おっ!」てなもんだった。その詳細は本作が公開された頃に別のところで記したけど、雰囲気として実に秀逸。





クライマックス。ウィル・スミスが悪漢宇宙人と戦うのは発射塔最上部のクレーン上。
このクレーン、実物はコルビーという会社が作った。
当時の米国を代表する重機メーカー。60年代のNASAの施設内の多くのクレーンはこのメーカーに製造依頼した特注品だ。
21世紀の今はそこいらに高層マンションがポンポコ建って、建造中のビル屋上でクレーンが作業しているのは日常な光景だけども、それは1960年代前半では実に珍しい、ある種の異様さも感じるカタチだった。
塔屋の上階にでっかいクレーンがいるというのは、このアポロ計画でもって世界的に馴染みだした光景だ。
この時点では、なにより、そのクレーンがただ重いモノを上げ下げするだけではなく、発射塔に結わえられたアポロサターンロケットのために在るというのが象徴的というか、特徴中の特徴なのだった。


※ 上2枚はTVC-15のペーパーモデル。
※ コルビー社は今もあるけど、現在のパナソニックソニーがサムソンに抜かれたように、当時後進たる日本のメーカーに真似られ営業力でも負けて… 現在は規模の小さな企業になってる


コルビー社がNASAの入札を勝ち取り、建造中の発射塔にクレーンの取り付け作業が開始されたのは1962年。ケネディが暗殺されたのはその翌年だ…。
下写真は建造中の当時の写真。だからケネディはこの姿を見ることなく世を去った。

以後、スペースシャトル時代までコルビー社のクレーンは使い続けられたのだから、これは歴史的な逸品なのだ。
1984年にシャトルの発射塔の仕様が大幅に変わってクレーンは取り外され、内1基は永久保存としてケープケネディミュージアムに展示されてる)
アポロ11号は3基作られた発射塔の2号塔に結わえられた。『MIB3』に出てくるのがその2号塔、正式にはLUM-2の名がある。


ただ、この映画には嘘も含まれる。
秀逸と上記したけども、実はその秀逸に嘘が含まれる。
非常にリアルを装いつつも、省かれている所もまた大にあって、したがって映像を見たままが真実の発射塔の形、クレーンの形、と思っては…、
いけない!


アポロ司令船とつながる9番通路(クルーアクセスアーム)の先には通称ホワイトルームと呼ばれた搭乗のための小部屋があるのだけど、まず、それがない。
というよりも、どうも9番通路そのものをその真下に位置する8番通路(サービスアームモジュール)と巧妙に位置をすり替え、物語の展開上… 両者を合体させてるようなのだ。
おまけに、発射直前でのこの9番は他の通路と違い、これのみ塔から宙に突き出る形でホワイトルーム部分がアポロサターンから離れた位置に本来は移動して固定されのだけど… 映像上それが見えなきゃいけないシーンでも、見事… 出て来ないのだ。
というか… 嘘としてハッキリとシーンに描写されているんだから、確信犯だねこれは。
よく似せてはいるが実際とはまったく違うんだ。(下写真はペーパーモデルでの9番と8番アームの実際)

「だから、どうなのよ?」
と問われても困るけど、ボクにしてみれば、ハンドルを右に切ってるのに車は左へ向いてるじゃんみたいに… ひどく変なのだ。
映画の中のコルビー・クレーンもよく出来ちゃいるけども、細かい所は省略されていて、たとえばあるべき所に手摺りがなかったりする。
実際の構造上それは要めとして必需なのだけども、映画では必需じゃないというか、手摺りがあると高所での恐怖感情が薄れると思われたか… ごっそりゼンブ省かれているわけだ。

「いいじゃんか別に。ただの娯楽映画だもん」
の気分もあれば、
「いや。湾曲した捏造じゃん」
のガックシもあって、ま〜、そこら辺りに、
"映画って何じゃろね?"
と興味がつながれていくわけでもあるし、こうやって歴史というのは風化していくものなのだな… と思ったりもする。
ともあれ大好きな構造物が舞台ゆえ、ここは一筆書いておかねばという次第。


映画の中盤にアンディ・ウォホールが出てくるけど、けっこうソックリな感じで、これは好感しましたな。かなり笑えるし。
また、もちろん… それはボクがイメージしていたウォホールによく似通っているというだけで、これもまたホンマ真実の姿としての彼じゃ〜ないとは、判ってるのだけどさ。
過去というのは常に"脚色されて"でしか… "再現"出来ない性質があるんだね。
その脚色でもって、今書いた風化作用と同時に… やっと… 発射塔の"本当"のデカサも感じられた『MIB3』なんだ。
嘘なんだけども… 嘘の中に真実の片鱗、等身大のアポロ計画のサイズを垣間見ることもまた出来るんだね。
だから、悪漢がキモイ… なんて〜悪態も含むけど、悪くはないのだな、この映画は。
何かを失うけども何かを得る、という1つの例かも知れない。