シャーロック・ホームズの冒険

模型を… この場合はまったくのオリジナルを指すけど、それと格闘しているさなかは、急流くだりの川舟観光めいたワクワク感に満ちて、だから作業邁進一直線、忘我する事甚大。
ボクは同時進行でアレコレこなせるタイプじゃないから、一極集中で模型と踊るというアンバイになって、その間はアレもコレもをおろそかにしてしまう。
寝食忘れる… は大袈裟だけど、それに近い状況になって、より大事な事さえ後手に廻したりもする。



けども製作作業が終わると… 終わったゾと自己判断した途端に、急峻が突然やんで、流れてるの? と訝しむような空隙に浮いた自分を感じて、
「あららっ」
飽和して、直進でも後退でもない、何やらアタマもカラダも白々としたような状態になっちまうのが…、いつもの常なのだった。
その落差に弱る。
こたびもそうだ。


この奇妙な現象は色々な職で起こるらしい。
たとえば ホームスは1つ事件を解決させた後には、茫漠として澱みきり、結果としてコカインを注射して自分をうっちゃるというメチャな事をやってたワケで、痛々しさが身にしみる。おそらく、コカインは使わなかったにしろ、それは作者ドイルが1作品書き終えるたびに味わった緩急の落差でもあったろう。


シャーロック・ホームズの映画は数多あって、ま〜、ダントツはジェレミー・ブレッドが演じたかのTVシリーズが白眉に違いないけど、おそらく同番組が手本にしたのは…、ビリー・ワイルダーの「シャーロック・ホームズの冒険」だったろう、とボクは思う。



邦題「シャーロック・ホームズの冒険」はまったく愚鈍でヒネリなし。
原題は「THE PRIVATE LIFE OF SHERLOCK HOLMES」。
マリリン・モンローを起用し、彼女のスカートが舞い上がるシーンであまりに高名な映画で今に知れる監督作品。
公開されて早や38年経つが、当時のUSA版ポスター・デザインは今みても惚れ惚れする。



ボクはこの1本を隠れた名作として思って久しい。
彼の「サンセット大通り」同様、"レベル違い"という一語があてはまる作品と思って久しい。
なぜって、構想されたそのオリジナルは4時間を超え、4つか5つのエピソードを連ねて、冒険的探偵ではない、素顔のホームズを浮き彫る、超ロングな作品になる予定だったけれども、撮影終了後の編集作業の中途において、
「とてものコト、そんな長時間映画は有り得ない」
との映画会社の要請というか強制でもって、半分の長さを強いられ、その過程においてビリー監督は、
「も〜、ウンザリだわい」
自らの手によるファイナル・カットを諦め、放置かつ放棄した作品なのだった。
構想は頓挫したけど、その片鱗が伺いしれる点をもってボクは評価している次第。


その半分な状態で1978年に公開され…、自ずと評価はゲキ的に低いものとなっちまったのだけど、な〜〜に、ことごとくのシーンに、その"レベル違い"な肉厚はほの見えていた…。
だから、今に残ってDVDで販売されてるこの作品は、いわばビリー・ワイルダーの魂の半分以上が抜けてる映画なのだったけど、それでも彼のホームズへの愛着、あるいは19世紀末の英国の空気は充分に伝わってくる秀逸な1本なのだった。


先日、ちょうど熊本の震災がはじまった日だったか…、その英国発のニュースとして報道されたネス湖での,
「え? 恐竜発見?!」
の画像を見て、ボクは咄嗟に、この「シャーロック・ホームズの冒険」の撮影セットを思ったけど… 実にあんのじょう、その通りだった。




ネス湖の最新の調査にあたっていた測量会社のホームページでも、そのことがクッキリ記載されていて、
「あんりゃ、ま〜〜」
ボクはアッケにとられるというか、意外な発見に、
「へ〜〜」
感嘆と感慨入り交じらせた吐息を1つ2つ、つくのだった。


映画「シャーロック・ホームズの冒険」は、英国が秘密裡に開発中の潜水艇をテーマの中央に置き、その実験の場としてネス湖が登場する。
ロケもそこで行われた。



英国の威信と、そこをスパイする独逸の諜報部員の暗躍…。
秘密裡の開発ゆえ、あえてネス湖の恐竜伝承にのっかった、カモフラージュとしての竜の首。
しかし、竜の首をもった実物大のその潜水艇大道具が、撮影後、そのまま湖底に沈んだままに放置されていようとは… 夢にも思っちゃ〜いなかったから、ビックリの輪ッカがビヨヨ〜ンと伸びて拡大したのだった。
公表された探査映像のカタチは、まさに映画のそれだ。
「こんなコトもあるんだね〜」
感慨が濃く深く、浸みるのだった。





未見の方は、ぜひ、このビリ−・ワイルダー監督のホームズを見るがよかろう。
なるほど監督は編集作業の過程でこの作品を半ば放棄したのじゃあるけれど、倦怠と焦燥の沈潜。そしてホームズがコカイン注射に頼らざるを得ない失恋の傷手といった繊細な場面は、どのホームズ映画よりも精緻。
まさにホームズのプライベート・ライフを眺める映画なのだ。
クリストファー・リー演じるマイクロフトがおチビなヴィクトリア女王にやり込められるシーンもチャ〜ミング。
なにより、ヴェルヌのノウチラスを想起さえする潜水艇ヨナのカタチが、いかにもスチーム・パンク、蒸気機関の浪漫に溢れてとても良ろしいし… それがこたび、ネス湖の湖底で発見されたというニュースが何やら嬉しさに輪をかけてくれ、
「澱んでる場合でないな〜ァ」
などと、おかげで、ちょっと覚醒を促してくれているのだった。