鉢かづき ~お伽草子~

前回の、換気ダクトの写真をば見て、冷凍庫でウイスキー凍えさせてのハイボール一筋の我が愛しのEっちゃんが、
「なんか見たコトあるぞ。ぅ〜ん… そうだ、"それ行けスマート!"だっ!」
連絡くれた。


『それ行けスマート!』は60年代の米国TVドラマ。
ドン・アダムス扮するマヌケでドジなスマートと、相棒の女性"99号"とが繰り広げるスパイ・アクションもののパロディ。
ギャグ満載の脚本は『ヤングフランケンシュタイン』のメル・ブルックス
『Get Smart!』というオリジナルタイトルが物語る通り、スマート=利口・カッコ良い〜を逆手にとってのギャグ・ドラマ。
マンガ家・みなもと太郎の、おそらくはこれが原典…、本作なくばおそらく、みなもと太郎という希有なマンガ家は登場しなかったろう(と、これはボクの勝手な推測)。
近年、2〜3本、リメーク映画も作られ、チョイとこの前2008年の、99号をアン・ハサウェイが演じた『ゲット スマート』は米国と英国じゃ記録的大ヒットだった。



Eっちゃんは同い年なので、ボクご同様に50年代半ばから60年代を子供時代として育ったワケだけど、彼女はそこいらの同性とはチョット… 違うものを見て育った気配が濃厚な不思議オンナ。
よって、このブログの写真を見て、「それ行けスマート!」のシーンを思い出したと思われる。シガレットの煙の排気努力のバカバカしさと、はるか昔のテレビの中の同様なバカバカしさを、合致させたと思われる。
いや、おみごと。


指摘され、が… 逆に、ボクに記憶がない。
好きな番組の1つじゃあったけど、該当するシーンの記憶がない。
それで、いそぎ、youtubeで過去の映像を幾つか眺めるに、な〜〜るほど、あるア〜ルじゃないか! アルジャジ〜ノに乾杯だ。
スマートとその直属上司とが盗聴を避けるために用立てる、デスク上の透明カバーがそれだ。
かなり激烈に笑える。



2人すぐそばに居ながらフードをかぶって秘密のハナシをする次第ながら、フードの防音が過ぎて、双方言ってる意味が判らず、やがてトンチンカンな問答に突入。
こりゃイカンと上司は… フードを取り除く指示を諜報部のどこかに連絡するのだけど、先方も声が聴きズラい。
「え〜っ? なにィ? 判んね〜よ〜」
三つどもえの大混信、見ていて大爆笑という次第。
この盗聴防止装置は何度かのエピソードで登場する。
Eっちゃんはそこをしっかり憶えていたようだ。
まことに素晴らしい。オモシロイ。



で、ボクはといえば、youtubeの幾つかの映像を見て笑いつつ、米国でなく我が日本の… またまたまた… 「お伽草子」を思い出すのだった。
頭の上に何かがあるという、このシチュエーションでもって類似をおぼえ。


お伽草子』の1篇、「鉢かづき」。
ひどく好きな噺というワケでない。
しかし、こうして我が頭上にケッタイな換気ダクトの集煙口を置いてみるや、『それ行けスマート!』の相似同様、カタチから来る連想が紡がれないワケではないのだった。


鉢かづき」はケッタイなハナシだ。
良き環境に育つ主人公の姫(当時13歳)は、風邪をこじらせ死に向かう愛すべき母親に、何か色々はいったボックスを頭にのせられ、それを覆うフードとしてでっかい鉢を被せられる。
巨大な茶碗を頭に乗っけられたようなもんだ…。
ここに掲載の絵はいずれも江戸時代のものだけど、いささか帽子に見えてしまう難がある。鉢というくらいだから、原作者が想定したのは… 焼き物であろう。植木鉢みたいなモノであったろう。



で、母親は姫を思いつつも亡くなり、以後その鉢はなぜか頭から取れなくなる。
眠るさいにも鉢は彼女の頭を覆う。
いらい、彼女は"片端(かたわ)"として扱われる。
今はもう、この語は差別用語として土中に葬られているけれど、これは室町時代のお噺なのだから、原文に従って、そう記す。
不具合ありな女児として… 見下される。
やがて、亡き母の夫、すなわち姫の父は再婚する。
この義母が姫をうとましく思う。
四六時中、頭に鉢を被った子供など要らない… という次第。何かと意地悪をする。
あることないこと、ないことナイこと、夫に告げ口し、ついに姫は捨てられる。


捨てられた姫は路頭に迷う。鉢を被った子など誰も相手しない。
やがて彼女は苦難の末、公家宅の湯沸かしの職をえる。
カマドで湯を沸かし、浴槽に湯を運ぶ仕事。
給料もなく休みもなく、ただ何とかそのカマドそばで眠れ、一日の食事がかろうじて与えられる程度な劣悪。
そこへ、見目麗しきなボクのような美形の同家の御曹司が湯浴みに来て、彼女に背中を流させるうち、この鉢をかぶった謎の少女を好きになる。
姫は当初は拒むが、やがて、深い仲になる。
推定年齢14歳頃、彼女は処女でなくなり、週1か週2か、そこは判らないけども彼が来るたび、関係する仲となる。
やがてまもなく、妻に迎えたいと申し出られる。



余談だけど、室町時代の噺を読むに、女性の処女性が大事だ〜ぁ、なんて〜のは1つもない。
むしろ、その喪失が早ければ早いホドに女性の磨かれ具合、女性の魅力は急上昇でアップする。
性が今と違い、解放されているとはいえないものの、エス・イー・エックスの位置づけは顕らかに違う。
数、すなわち経験を踏まえて女性も男性も成長し、かつ、そうであって初めてそのヒトとしての魅惑が出てくるという次第。
ま〜、この辺りはさらに時代を下っての『源氏物語』に性愛の位置づけがクッキリ示されている。
江戸時代までは、性はきわめてポジィティブに扱われていて、今のように、芸能人の小さな性的不祥事が大きく扱われたりパッシングなんて〜ことは世間にゃ、ない。
ゆえに、今は、逆行の"お子供時代"とボクは感じる。


と、余談はさておき、しか〜し、この青年の両親は息子の鉢かづき娘への求婚を許さない。
なんせ貴族階級のエ〜とこの家柄。
しかも、貴族にも階級あって(というか階級なる概念はこの公家社会から出てきたもんだけど)、この家は天皇にお目通り出来る上級クラス。オリジナルでは、実名で冷泉家をも従えているというニュアンスのことがチラリ書いてあったりする。
実に困ったことじゃあるけど… 婚姻はその"家と家"の結びという概念。
御曹司の家族としては、頭に鉢をのせた得体知れない女など、家族に入れるわけにゃいかない。



そこで御曹司に、いわば見合いのようなカタチで複数の美女ら(むろん公家階級の)と面談をさせるコトにする。
鉢かづきの事を忘れさせ、チャンと家督相続に見合った方向に向かわせようという魂胆だ。
一応、彼の気持ちも踏まえ、鉢かづきの姫もその面談の1人とし、彼女もその場に呼ばれる。が、これには裏があって、家族や面談の子女らは鉢かづきの振る舞いを見て嘲け笑うというダンドリも含まれてる。
こうして、かのグリムの… シンデラレラのガラスの靴に合う女性を探索するのと同様な、種々な"試験"が行われる。
この"試験"のさなか、突然、鉢が彼女の頭から取れる。
鉢の下、頭の上にあった玉手箱みたいなボックスには、その"試験"に相応のアレコレなお役立ちグッズが入ってた…。
そこには宝石の類いやらも入っていて、居並ぶ"見合い女子"を上廻る金銭的有利がシメされたりもする。


やがて、"試験"はクライマックスへと向かう。
「今日の気分を歌で詠め」
という難題が姫にふりかかる。
元より彼女は歌など詠んだこともない。
居並ぶ女子らはそこそこな歌を即興するも、彼女にはその素養がない。
それで他女子らや詰めかけて展開を見ている方々は、
「ぁあ、やっぱり、程度の知れた産まれよな」
と嘲笑しだすのだけど、姫は勇をふるい、かつ、母親が頭の上のボックスに入れてくれてはいなかった領域でもって、歌を詠む。
(歌を詠むというのは、声に出す事を指さない。巻紙に毛筆でサラサラと書き、それを周囲の人達が回覧して、歌の内容と合わせ、その筆跡の優美さ加減も眺めるというのが重要ポイントだ)



彼女はこう詠んで記した。

春は花夏は橘(たちばな)秋は菊いづれの露に置くものぞ憂(う)き


この歌の鮮烈、文字の華麗に一同うたれ、当事者たる御曹司も歓喜する。
実は現在の国文学界でも、この歌の意味する処を解き得ていないらしい。後半部をどう読み解くかケンケンガクガクらしい…。
それほどに難解、かつ優美ゆえ… 居並ぶ公家の娘らよりはるかに、鉢かづき姫が抜きん出た。
無名な少女が、いきなり金メダルの栄冠だ。
死期迫った母親が姫のために用立てた鉢は、姫を苦労させるけど、最後のドタンバで役だち、かつ、姫の自発的生き方の打ち上げ台となったワケなのだ。


こうしてハッピーエンド… かと思えば、そうでない。
なるほど他の子女をはるかに凌駕して金メダルながら、家柄不明という問題が解決したワケでない。
そこを鉢かづき自身も苦にする。
しかし、しばし後、ひょんな事で父が現れる。
例の義母となった女とも死に別れた実父は、娘を捨てた事を苦にして家屋敷を廃棄して出家。全国を行脚して、今やっと帰ってきて… 鉢かづき姫の事を聞き知って訪ね寄ったワケなのだ。
これで、鉢かづき姫が実は公家階級の身の上であったコトが証される。
ここでやっと物語はハッピーに終わる。


我が頭上の集煙口としての"鉢"とな〜にも関係はないけども、以上…、ったく、奇妙なハナシじゃ〜なかろうか。
わけても、死の直前の母親の行動は、すさまじい。
愛娘に鉢をかぶせたのはムロンに彼女の愛情ゆえ、娘の将来を思ってのことなのだけど、常軌を逸してる…。
それゆえ姫は"片端"として苦労するんだからね。
けども一方で、それゆえ、大きな幸を最終的には拾い取るんだけど… なにか、矛盾を考えないでもない。
いや、矛盾という以前に、鉢を被せたその母親の思いの真意を考えないではいられない。
幼ない姫を残して死に向かおうとする刹那な悲嘆や不安をおぼえないではない。
むしろこの噺は… 姫よりも、その母親の抱えた巨大な思いの濃さにボクの興はむく。


ま〜、その点、我が頭上の"鉢"は楽なもんだ。
喫煙しつつ嫌煙もするという次第に矛盾はあれど、鉢かづき姫の母ほどの苦悩は、露とない。




ちなみに、頭上のフードはチョット改造した。
それで… いよいよもって『それ行けスマート!』風な大袈裟なものになっちゃって、滑稽増大。
いっこうにスマートじゃない。