魅惑のメロディ

ローワン・アトキンソン主演の『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』は傑作だ。
ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬 [DVD]ただし、カギカッコ付き。
前作たる「ジョニー・イングリッシュ」を観ていないとチョイと可笑しさが薄れるし、当然にかの「Mr.ビーン」の一連の作品たちを観ていた方がより可笑しいし、さらにいえば、ショーン・コネリー出演の007番外編といった趣きの「ネバーセイ・ネバーアゲイン」を観ているがゆえにいっそうニヤニヤ出来るといったアンバイの作品なのだ。
でも、ただのパロディに留まっていないトコロがローワン・アトキンソンの才能というコトなんだろうか…。


その昔、「Mr.ビーン」シリーズがNHKで放映され始めた直後に、この番組の面白みの一画をなす、ヘンテコな三輪車に注目して…  諸々を調べて即座に模型にし… 「model cars」(ネコパブリッシング刊)で特集記事にしたコトがある。
リライアント・リーガルという英国のみに流通していた商用の三輪車で、主に近距離の配達に使われてた。

この小さな三輪車を、それより小さなMINIを愛車とするビーンめが、毎回、ひどい目に遭わせてしまうというのが、主題の横に添えられ、これがお笑いのピンポイントでもあったワケだ。
当時、そんな車があるコトをボクも、同誌のN編集長も知らなかった… んだけど、調べてみると、英国では生活の底辺を支える自動車として三輪車があった… というのが判ったんだ。
たとえば、ティモシー・ダルトンが主演した007映画「リビング・ディライツ」でも、それはリライアントじゃないけど、牛乳配達車としてチャ〜ンと三輪車が出ている。
ジャガーやらアストンマーチンやらの高雅で派手なそれとは対象的に、現実の英国では少なくとも90年代中頃までは、そんな、低価格で実用1点ばりな車が存在していたんだね…。(今もホントはそうかも知れない)
リライアントは基本は商用ながら、後部にもシートがあってファミリーな自家用車としても使えるというのが"売り"だったんだけど、三輪の安定性の悪さとチープな作りには、自家用車としての風格がない。けども、なぜか英国ではよく売れた…。
その辺りの"庶民感覚としての背伸びの不細工さ"を「Mrビーン」は存分に笑い飛ばしていたワケなのだ。

なので、この特集記事は一部でずいぶんに好評を博したんだけど、気をよくして、そのリライアントをガレージキットとして売り出し、マンガ家の田中むねよし氏にパッケージ・アートをお願いしたりと… けっこう予算をかけてみたけど、ダメです。
我が国では売れませんでした、な。 (>_<)ゞ


ま。それはどうでもいいエピソードで、『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』なんだけど、これのクライマックスは、雪山でのロープウェイでの戦いなのだ。
アンガイと良いシーン。
ムロンに、お笑いの映画なのだから、戦いのシーンとはいえ、笑える。
傘が最終的には重要な役割を担う。
で、フッとね… このロープウェイでの展開に、ボクは… その昔の人形劇「サンダーバード」を思い出したんだ。
エピソードタイトルは「魅惑のメロディ」。

たぶん、ボクが、全部で32話あるこのTVシリーズの中で一番に好きな作品なのがこれじゃないかしら… とも思ってるんだけども… で、このクライマックスが何とロープウェイなのだ…。
そして、傘なのだ。
なワケで… この2つの英国作品がボクの中で1ケに結ばれたという事じゃないけども、ロープウェイのワイヤーに導かれるみたいに、またぞろ久々に、その「魅惑のメロディ」を観賞したのだった。

で、魅力にあらためて感慨を濃くさせられて、
「ワオ〜〜♡!」
となって、ここにチョコチョコ記すことにしたんだ。


アラン・パティロが脚本と監督を兼ねた本作は、製作後すでに49年が経過しつつあるという今になって観ても… 退色のない面白みを発揮してくれてる。
大人の観賞に耐えうる演出なのだ。
サンダーバード」といえば、昨年末に亡くなったジェリー・アンダーソンと、当時の彼の奥さんであったシルビア・アンダーソンが最初に持ち出されるんだけど、「サンダーバード」の世界観、登場人物たちキャラクターの性格付けといった部分において、アラン・パティロの役割は大きかった。
いわば、彼が物語の骨と肉を造ったと、云っていい。
「魅惑のメロディ」は、タイトル通りに、話の骨格はメロディ、すなわち音楽なのだ。
この音楽をコンパスの中心に置いて、グルリと円周を描いた「魅惑のメロディ」は、"子供向け"といった枠組みを越えて、作品としてピ〜〜ンと立っているんだ。
勇壮なマーチと救助隊のメカニックが一番に魅力なのが「サンダーバード」じゃあるけれど、この回はそれが脇に置かれる。
米軍新鋭の超大型高速輸送機が秘密の実務に赴くたびに撃墜される。
で、この墜落時には必ず、ある放送局の音楽番組で、とある曲の生放送が行われているというコトを救助隊のメンバーが気づいて、それで、この生放送をやってる雪深いスイスの某高級リゾート・ホテルのライブステージにペネロープ達が調査に出向く…。
名を変え、髪の色を変え、新進の歌手として出向く。
いわば"サンダーバード版007"といった感触での展開、なのだ。
ここに登場するのが、カス・カーナビーという5人編成のバンドで、人形ながらチャ〜ンと演奏シーンもある。
曲名は「危険なゲーム」。

サウンドのタイミングに合わせての動きが素晴らしく良い。
なにより、この曲が素晴らしい。
作ったのは「サンダーバード」の音楽全般を担当していたバリー・グレー。
なんと、番組中、6つのバージョンが登場する。
ストリングス版。
カス・カーナビー達のジャズテーストというか、ラテン風味版。
フルートを使ってのアップテンポ版
電子処理された版。
ピアノのみの版。
そして、最後に、メロディに変調をきたさせるためにあえてヘタに唄うペネロープのボーカル版。
この使い分けと同じメロディの転用が番組の奥行きを素晴らしく深いもんにしてるんだけど、ス〜ッと浸透するようなこの曲の良さが際立ってイイ。

話の筋としては、この楽曲は上記の新鋭機のフライトのたびに、某国の密命を受けた作曲者がサウンドの中に、迎撃するための位置情報なんぞを編み込んで、それでカス・カーナビーに演奏させているワケだ。
いわば今でいうトコロのウィルス的なものを仕掛けるというコトなんだけども、この音色を中心に大人テーストでもって番組が編まれているから、今観ても飽きるコトがない。
なんせ最新の情報を曲の中に暗号として仕込むワケだから、演奏のたびにこの作曲者はバンドに指示を出す。
カス・カーナビーとしては、そんなコトとは知らないもんだから、演奏のたびに編曲を要請されて困惑してる… というコトまでがキチンと描かれる。
しかも全般がズイブンと上品に仕上がってる。
子供に向けての番組を造ってるんだ、という領域を越えてアラン・パティロはいわば1つの冒険として、物語の根底にホントは流れているハズの部分をあえて如実に、この「危険なメロディ」に仕込んでもいる。
これは、パッと観ただけじゃ判らない。
一見ではシュガーとコカインの区別がつかないのと同様、意識を集中させて舌の先で転がさなきゃ判らない、隠されたテーストなのだ。
このテーストを味わうには、まず… 日本語音声を英語のそれに替えるコト。

むろん、この日本語吹き替え版は、歴史に残る見事な吹き替えで、100点でも200点でも幾らでも点数をあげたいくらいに素晴らしいものなんだけど、NHKという放送の枠があってか… たとえば、救助隊の中心人物たるジェフ・トレーシーのことを、ペネロープもミンミンも、ただ"おじさん"と称するんだけど、英語は違う。
ミンミンは、ジェフを「トレーシーさん」と呼んでる。
ペネロープは、「ジェフ」と呼ぶ。
一方、ペネロープはどう呼ばれているかというと、日本語吹き替えは誰もが彼女を「ペネロープ」と呼んでるけど、英語版は、敬称をつけて呼ばれる。
「レデイ・ピー」ないしは「レディ」だ。
なんせ貴族なんだし… でも、敬称をつけずに彼女をただ「ペネロープ(英語ではペネロピーに聞こえる)」と呼ぶ人物が1人いる。
この「魅惑のメロディ」では、彼は彼女を「ペニ〜〜」と呼ぶ。
5人の子の父だけど妻に先立たれているジェフ・トレーシーだ。
よって、ここでは関係性が明らかだ…。
恋愛がらみの何事かが2人の間にはあって、周辺もそれは密かに承知しているという… 気配なのだ。
この辺りの大人テーストのまぶし方が「魅惑のメロディ」は実に、うまい。
それに加え、スイスのホテルにペネロープと同行したミンミンと、カス・カーナビーのリーダーでピアニストのカスとの恋愛模様…。
あるいは、トレーシー邸内でのおばあちゃんが、この諜報作戦の場にいたりと… そこら辺りの人間(人形)模様が鮮やかに描きこまれたのが「魅惑のメロディ」なのだ。
演出の細部にまで気が利いていて、シーンに破綻がない。
いっさい、浅くない。
けども巧妙に、深くも見せない。
その辺りの演出のサジ加減がそこいらのTVドラマを凌駕しているんだ。
名脇役たる執事パーカーの活躍が存分に楽しめるのも、この「魅惑のメロディ」だし、そして、パーカー最大の見せ場がロープウェイなのだ。

かのサンダーバード2号もここで登場するけど、あくまでもパーカーあっての名シーン…。
というワケで、ボクの頭の中ではローワン・アトキンソンの「気休めの報酬」に笑みつつも、頭の中ではずっと… 「魅惑のメロディ」の劇中曲「危険なゲーム」が鳴っている。

上のyoutubeは画像はないけど… この曲を実際に、ライブとかで誰か演奏してくれないかしら… そうマジに思ったりもする。
1人、ピアニストがいるんだけな〜…。
この3月に彼はトリオでライブをやる。
時期あらば、願わくば、ボク自身からこの曲のコトを申し出て、
「こんな感じにしてみて…」
と、云いたいのだけど、いかんせん… 譜も書けない。なので、ただイメージを伝えるだけになるけどもな。
こういうのはなかなか、口に出せないや。むずかしい。
ダメだな〜。 (>_<)ゞ

※ 最近仕事で作った… iPhoneの上の小さな紙のピアノ。