レインボーブリッジ ~シャイニング~


東京へ車で出向くたび、レインボーブリッジを渡るさいに、小さな波が被さってくるような浮遊感ある昂揚をおぼえる。
物見遊山じゃなくってあくまでも仕事のための、やや大きな荷物を携えての…、それゆえの車での上京なれど、眼下の海の光輝と白くて時に陽光の反射で目映いビルの林立に、「ぁあ〜、大都に来ちゃったな〜」な、ちょっとした田舎モンな感慨と、目的地を眼前にして、半日以上かけて岡山から辿って来た道路の長さをシミジミ味わう… ってな感じなんだけど、も1つ付け加えていえば、この橋そのものが持ってる魅惑をボクが好きなのかも知れない。
橋のデザインではなくって、これは瀬戸大橋にも通じて、こちらの場合は大きな都に出向くというワケじゃなくって、あくまでも渡海の感触から来るもんなんじゃあるけれど、共通するのは、何やらボクにとっちゃ日常ではない空間への"門"を通ってるんだ… という感じかな〜。
橋イコール門、というのはおかしいけど、景観が一変することによる情緒のギャップも大きい。その感触が1番に濃いのがレインボーブリッジなワケだ。
どこがレインボーなのかは知らんし、帰り道、ほぼ必ず、この橋の袂の分岐点で一歩間違って目的のルートを辿れずに慌てるというのが、ここ数年の経緯なんだけど、橋そのものは嫌いじゃ〜ない。
去年、ジャズフェスの何人かの仲間たちと四万十川の源流を訪ねて四国に渡ったさい、帰り道はわざと遠回りし、今治から尾道というルートを辿ってみたことがあるけど、その時にもチョイと似たような昂揚が兆してた。
ボクは、ひょっとして橋という存在が好きなのかもしれない。
それが長大であれば、余計に、好もしい何かをおぼえるのかもしれない。

上と左はレインボーブリッジを通過中の写真。
……その昔に、岡山と香川を結ぶ瀬戸大橋が出来た頃に、この岡山ではちょっとした怪談というか都市伝説めいたオハナシが1つあって、その内容はといえば、霧が出てモヤ〜ッとした瀬戸大橋の途中に屋台のソバ屋が出てる。
橋上に紅い提灯がぶら下がってる。
と、ただそれだけのものなんだけど… 高速道路にそんな屋台があろうハズはない。
そも、霧が濃ければ通行止めになろう。
アホかいや、ハハハッ。
って、小噺としても成立しない怪談じゃあるけど、妙にボクには怖かった。
実際にそんな紅い提灯に霧の橋上で遭遇したら、すぐにどこぞでお祓いをしてもらった方がイイ… と内心じゃ合理では組み伏すコトが出来ない不安をおぼえたもんだった。
が、一方では、霧の夜中の橋の上のソバ屋のお蕎麦はメチャンコに美味いじゃないかしら… とも思ったりした。


ここから先はボクの創作だけど、そのさい、屋台の店主は、
「蕎麦が湯がるまで、いっぱい、つけましょうか?」
車のドライバーたるボクにお酒を勧めてくれなきゃいけない。
断るワケにはいかん。
「じゃ、1本」
熱燗を願う。
霧が出てるんで店主が人なのか化け物なんか判然としないけど、出された日本酒は絶妙に、この場合、美味い。
かつてのんだ、どの酒よりも美味い。
甘すぎず、辛すぎず、緩すぎず、きつ過ぎず、円やかながらキレがあって、五臓六腑に染み渡る深さと拡がりが尋常じゃない。
その透明な液体の中にどうやってこれだけの滋味を浸透させているの? と訝しむ程にコク味有り。
ごくごく小さな小皿が添えられているんで、
「何? これ」
と、尋ねると、
「天然塩。粗塩ですがな、この橋の下の」
店主が霧の向こうで薄く笑顔を見せる。
それでチョイと指先につけて舐めてみたら、これがマ〜、また素晴らしい。
どうしたらこのような配分になるんかしら、と思えるくらいな絶妙な塩加減。
ショッぱさの中に幾重も階層があって、ピリッ、カラッ、シットリ、ピッタリ、ニッタリ、舌がたちまちに大喜びする。
「ワッ、このお酒にピッタシじゃん!」
ボクは狂喜して、もう車を忘れてら。
「も、もう1本、つけてもらおかな」
燗の追加を願う。
塩を舐めつつ、酒をのむ。周辺を覆う霧の加減がまた好ましい。店主はこちらに背を向け、蕎麦湯がきにいそしんでる。磯の香りが微かに届く…。頬にあたる微風はややぬるい。


当然、皆さんは、このハナシのオチは何かと考えるでしょ? 怖いの? 可笑しいの? と、勘ぐるでしょ。
なので、いっておきますが、オチはないの。
通常、シャレというのは洒落と漢字で書くけど、サケのオチもないの。
ただただ、霧の夜中の瀬戸大橋の途中の屋台で、蕎麦を待ちつつ酒をのんでるだけなの…。間もなく出来上がるであろうお蕎麦への期待と、眼前の酒の堪能で痺れてるの(笑)。
ま〜、強いていえば、キューブリックの『シャイニング』のラストシーンみたいな按配かしら。

かの映画での最大の恐怖シーン。額縁の写真にカメラが近寄ってニコルソンの顛末がついに知れる…、永遠の魔に取り憑かれた、あの尾を引く戦慄の場面。
それに似たりで、ボクの場合、信じがたい美味さの酒と塩に身も心も陶酔して、もう、実の世界なんぞはど〜でもエエやとなってるワケよ(笑)。
知らず、屋台のオバケと同化して、自身の属性を変えちゃったワケ。
瀬戸大橋は時として、今だって、前も後ろも他の車が見えないってな閑散があるから、なので、こんな怪談が産まれて来たんだとも思うけども、いかんせん、東京のレインボーブリッジは朝昼晩関係なく、大量の車が駆けてるんで、せわしなさ過ぎ。
オバケが出るゆとりもない。
そこが、残念だな。