バットマンとジルセント・ジョン

きっと何だってそ〜だとは思うけど、最初に"観た"印象というのがたぶん1番に尾を曳くもんだね。
たとえば『バットマン』をボクは60年代にテレビで観て、それゆえ今も、自分にとってのバットマンというのは、アダム・ウエスト演じるそのテレビ・シリーズが原点というか、1番なんだ。
なので、いまどきのダークナイトな映画シリーズがどうもシックリきませんのですな。

どういう次第か、このテレビシリーズはまだDVD化されていないようだけども、唯一その劇場版のみは販売されてる。
ティム・バートン以降のダークナイトバットマンをはじめて観て、以後このシリーズのみに接してる方からすれば、きっと60年代のテレビ版は、
「なんじゃ、こりゃ !?」

バットマン オリジナル・ムービー(劇場公開版) [DVD]
なアンバイに映ってしまうのだろうけど… ボクにしてみれば、そこが原点だから、キッチュでカラフル、サイケデリックで馬鹿馬鹿しいノリそのものが、我がバットマンなのだ。

劇場版『バットマン』(BATMAN THE MOVIE) はそのエッセンスが凝縮されているから、今も大いに楽しめる。

このテレビシリーズは1966年から68年までの3年間放映され、120本くらいが作られているんだけど、劇場版の巻頭でもって、
「ファニーな馬鹿馬鹿しさに満ちたこんな映画があってもいいじゃないか」
というような、宣言めいた文字が出てきて、このシリーズを作った方々は、はなっから"判って作ってる"気配が濃厚なのがとてもイイのだった。
プラスチックな造花で飾り立てたように見せながら、カメラの構図やら色の計算やらはかなり細やかに計算されていて、予算をかけて安っぽく創るという所にエネルギーが費やされてる。
が、時々、ビックリするような"絵"が登場する。

動かないスチール写真じゃ判らないけども、このバットボートのシーンでは、2人がこれに乗り込み、滑り出し、海上を疾走するまでをワンショットで撮っているばかりか、猛速で駆けるボートをカメラが追い抜いていくのだ。と、書いてもあんまり伝わらないだろうけど、カメラは揺れず滑らかに、ボートを追い、追い抜く。
なので速度感が"絵"としてすごいのだ。CGじゃないライブ映像の醍醐味、簡単にゃ撮れない映像なんだよ。
実力ある方々がニヤニヤ笑いながら、大真面目でチープに見せる工夫をこらしてるけど、ときおり、真の実力がその映像に透けてみえているといったアンバイなのだ。


その栄えあるテレビシリーズ第1話は、例のリドラー(ナゾラー)が悪役として登場してハチャでメチャ、シュールな展開を笑って観られるんだけど、スペシャル・ゲストとして登場するのが、ジル セント・ジョンだ。
『007 ダイヤモンドは永遠に』のヒロインだよ。
その彼女が、007同様に薄い衣装で妖艶味たっぷりに振る舞ってくれてるんで、彼女のフアンたるボクとしては、実にま〜、喜ばしいワケ。
フアンといっても、たかが0071本を観たきりでのフアンじゃあるけれど、007シリーズの中ではたぶん1番に好きなボンドガールなのが彼女ジル セントなんだ…。

実は昨日の夜、調べるコトがあって、とある本をどこに置いたかな? と本棚をまさぐってる内に、そのテレビシリーズを録画したVHS達を"発見"して、途端、本を探すのは止めにして、「あらま〜、懐かしい」と見だしたら、ジル セント・ジョンが出てるのに初めて気づいて、
「あっ! わ〜っ!」
てなコトになったワケなのだ。
よって、本から資料として何事ぞ抽出というお仕事モードから逸脱して、
「あ〜オモチレぇ〜」
てな展開で、ホントはよろしくはないんだけど、ま〜、いいじゃないか、このさいは。
VHSの存在すら忘れてたくらいにお久しぶりに観る「バットマン」なんだ。お仕事中断・優先順位逆転… だわさ。

バットマンが使う大道具小道具いっさいに、まるで園児の持ち物みたいに何やら大きな名札がついているのが、可笑しいね。
それはたかが縄ばしご1本に至るまでそうなのであって、徹底した秘密を標榜しつつ、何でアレコレに名を入れてんだか… 笑って首を傾げてしまう。
それも多くの小道具が、頭にBATがつく。
バットモーヴィルやバットコプターやバットボートはまだしも、バットケープ、バットスコープ、バットニードル… 
「それってただの縫い針じゃんか!」

邸宅の例の秘密基地に降りる、消防士の柱みたいなバーに至っては、まったくの秘密の場であるはずなのにしっかりと、ブルース用とかロビン用とか大きく書かれているから… その秘密と自己主張のせめぎ合いが可笑しくって、ついつい見とれて頬も緩むんだ。
劇場版では、その秘密基地の動力源たる原子炉(わおっ!)の冷却水をそのまま飲料にしているコトも平然と明かされ、そこがまた抱腹…、
「いいのかそれで、バットマン
思わず画面にむけて呟いてしまうだけの魅力たっぷり、"滋養充分"でご馳走さんなのだった。
いわば、このシリーズの造り手たちの術中にまんまとはめられてしまうワケなのだ。

もとよりボクは杉浦茂の「怪傑児雷也や「猿飛佐助」の、
「いけね、コロッケ踏んじゃった」
みたいなナンセンスかつシュールに飛んじゃってる"作品"に好意を寄せるタチじゃあるから、テレビシリーズの『バットマン』に同じ滋味をおぼえて断固支持、いまのダークでマジメな作風のバットマン映画にはさほど興味をもてないし、申し訳ないが逆説的に… 退屈なんだ。

テレビシリーズのバットマンとロビンは毎度テッテ〜してリドラーやペンギンやジョーカーやキャットウーマンらと戦いあうけども、両陣営いずれも詰めが甘くって隙きだらけ。
キリスト教的世界観でモノ申せば、聖者らと悪魔たちがほぼ永劫に戦いつつも結局は双方を必要としてるんじゃ〜ないかと訝しむような構図の、おかしみ。
いわば闘いつつも相手に毎回塩をおくるような、エールをおくるような、反撥しながら実は吸引しあって補填しあってるような、馴れ合いとしてでない緊張と緩和の繰り返しが波のように続くという、永遠のお遊びが描かれているようなのだ。
そこを好むわけで… だから、いまどきのヒトではないのだね、きっとボクは。
60年代に観たテレビや映画の影響から逃れるだけどの"脱出速度"をボクは持ってないんだね。
そのことにこたび、あらためて気づかされちゃったもんだから… 一筆書き申している次第。
シリーズのDVD化を強く望む、ね。


と、それにしてもジル セント・ジョン。
いいね〜。いいのだよ。何なのでしょうな、この魅力は。
ただグラマーだからじゃないね。
眼、かな〜。
妖艶さの中の健康そ〜な笑み、かな〜。
このヒトは月より太陽の日差しがあいそうな感もあるし… ま〜、これは個人の嗜好が濃く反映するもんじゃあるから、言及はここまで。