ポシェット

 腰痛が全快しない。概ねでオッケ~だけども、どこか安定しないというか、腹痛や歯痛みたいな、

「治った、おさまった~」

 ではない不穏が終始からまる。

 痛み野郎が隠れていて、いつ顔を出してやろうかウズウズしてるって感じ。

 いい加減で切り上げたいのだけど、医者殿もまだ通院を要求し、

「では次は水曜にね」

 てなアンバイ。

 腰痛になって以後、病院とそのそばにあるスーパーにしか出向かずで、いささかフラストレーションがたまるんカード。

 さりとて、急に痛テテテッになるのも怖くって、オチャケを呑みにバーに出向くのを躊躇してる。

 こまったもんだ。

 

 外出時には、もう30年以上、ポシェットを使ってる。

 小さく、肩に斜めにかけるスタイルゆえ、バッグといわずポシェット仏蘭西語だね)というらしいけど、汚れたり飽きたりで、気づくと幾つも取っ換えてきた。

 なんといっても便利だ。

 

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 以前はこれに財布を入れてたが、入れ物が2重じゃないか。かさばるから財布は廃止。今はポシェットに直かにお札を入れる。だから内部が仕切られているタイプが好ましい。

 お札、外出時に使うかも知れない何枚かのカード(たいがい使わないけど)、携帯電話、鍵束、シガレットとライターと携帯灰皿。

 コインはジャラジャラするから、これはズボンのポッケに放り込む。

 

 歴史はずいぶん古い。三内丸山遺跡から栗の木の皮を使ったポシェットが出土している。実用けんオシャレの上昇度合いという点で縄文時代の創意工夫の磨きは素晴らしい。

 文献として1番に古いのは『日本書紀』のヤマトタケルか? 

 焼津の野原で火攻めされたさい、火打ち石で向かい火を作って炎から逃れるというシーン。

 彼は腰にぶら下げた「御嚢(ミフクロ)」という袋に火打ち石を入れてたね。

 日本のウエスト・ポーチのこれは原点かもだ。

 

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   映画『日本誕生』。チョイ判りにくいけど三船敏郎演じるヤマトタケルの腰に御嚢あり。

 平安時代室町時代に眼を向けると、意外や、小物入れは当時の男性の必需品だ。

 面白い。

 初期の漢和辞書『新撰字鏡』には「己志不久呂」とある。コシフクロと読む。

 このコシフクロはやがてはるか後年、巾着とか巾着袋と呼ばれることになる。

 肩にかけるのではなく、腰にさげる。だから服飾用語としてのポシェットとは完全一致はしないけども、小物を入れて持ち歩くモノとしての用途は同じだ。

 火打ち石を入れる。小銭を入れる。どこぞの寺で授かった守札を入れる。そういう用途だ。

 特に火打ち石は、ヤマトタケル以後、よく持ち歩かれた。というか必需だ。街路灯なんぞ有りはしないから夜ともなれば真の闇。手元に明かりを寄せる道具として火打石と火打金はなくてはならない大事なアイテム。なので「火打袋」とも呼ばれた。

 

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七人の侍』の時代考証はかなりのもんだろう。三船敏郎演じる菊千代の腰にはアレコレが吊られてた。複数の草鞋に複数の袋。だから彼が走るシーンを見るに、腰廻りがドタドタ揺れて、ぁあ、いかにもそれが根のない浮浪の身の上をイメージとして強化させてたな~、とも感心する。

 

 かの桃太郎の歌には、

「お腰につけた~キビダンゴ~

 という部分がある。

 吉備団子を直に腰につけるわけはない。腰につけた袋をいうのだ。

 おばあさんが手縫いしたに違いなく、ひょっとすると護符とかが裏側に縫い付けてあったかもしれない。

 

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       1970年刊の『少年マガジン』 斎藤五百枝のイラストを横尾忠則がアレンジ

 

 室町時代では街道沿いに集落があれば、ほぼ必ず、そういった小物入れの袋を商う店があったようだ。

 店といっても、いわゆる店舗じゃなくて、あくまでその原型。屋根にムシロを広げた程度なものだったろうし、より多くは軒先で街頭の人に声をかけて売るという程度に思える。

 1枚の布地を袋状に糸で閉じるだけだし、多くの家が布は自分のところで織っている。その僅かな余り布を袋にして街頭で売るわけだ。組織的に造り売るというのではなく、家内工業的なもので、家族が金銭を得る1つの大きな手段であったと思われる。

 規格があるわけもないから、大小さまざま、布の色や模様もさまざま。

 亭主が近場で獲ったタヌキやキツネを剥ぎ、その皮を利用したものもあったろう。

 買う側としては用途に見合う素材やサイズや図柄を探せるわけだ。需要は高い。

 肩からかけるポシェットよりウエスト・ポーチが多く流通したのは、当然に着物の形状ゆえにのものだろう。

 腰を紐や帯で結んでいるから、それに取り付けられて便利だ。

 大刀や小刀も帯にさす。

 刀の鍔(つば)には装飾的に穴が開いてるけど、そこに巾着の紐を通すこともあったようである。ま~、多くは鞘の根本付近に巾着を結わえるというアンバイでもあったようだけど、ともあれ、けっこう腰廻りニギヤカ、ね。

 

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 室町時代が不安定になって戦国時代に突入するや、召集された雑兵はそれに干した飯を入れた。

 サイズ的に、おにぎり1ケくらい分だろうが、次にいつ食えるか判らない戦争なんだから、干飯(ほしい)は死活を左右する必需な非常食なのだった。 

『雑兵物語』で、戦場での食料調達に触れている箇所があるけれど、田畑を荒らすというだけでなく、倒れた敵兵の腰の巾着の中身、すなわち干飯を奪い取るということでもあるのだろう。

 戦国時代に鉄砲がどんどん導入されて、鉄砲の係になった兵の腰には、さらに巾着袋が1つ増えた。火薬を持ち歩かなきゃいけない。いわゆるパウダー・ポーチだ。火薬は玉薬と言った。

 布製だと雨やらに弱いから革製が好ましい。

 さらに、玉そのものが必要だから、これは数珠状にこしらえた袋に入れ、これのみ肩から袈裟懸けした。玉以外にも飯を入れたりもする。

 数珠内飼(ウチガイ)と言って1食分づつ包んで数珠状にする。(上の絵にみられる)

 なので鉄砲隊に属した兵の腰には、複数の袋が着けられる。

 火薬のそれ、干飯のそれ、小銭のそれ、火打ち石のそれ、少なくとも3つ4つくらいは腰にぶら下がる。

 

 戦争から遠ざかった江戸時代では、火薬袋の代わりに今度は刻み煙草を入れる袋が登場し、これはこれで発展、漆塗りの煙草入れなんぞに変身してくけど腰につけるという点は変わらない。

 武士の腰には、水戸黄門でお馴染みの印籠もぶら下がる。室町時代には印鑑みたいのが入ってたけど、江戸時代は薬入れだ。水戸黄門はカンシャクを抑える薬でも入れてたか?

 明治以前の日本の男は、だから、腰に色々ぶら下げて歩いていました~、といって過言でないと思う。

 で、洋装の時代が来て、そのポケットがこれらお腰のモノを駆逐したワケだ。

 けど洋装だって限度があら~ね。連射出来る短銃が開発されるや、これをポケットにというわけにゃいかんので、腰につけて歩きたいじゃ~ないか。それでガンベルトが登場のワケね。

 

 一方で、中世の絵を眺めるに、女性が腰に何かつけるという慣習は見られない。皆無じゃないけど、ほぼ見られない。

 ただ彼女たちは着物の内側、見えない部分、胸のあたりに護符をいれる小さな袋を下げていたようで、これはミニミニなポシェットとして活用はしていたろう。

 女性が単身で外出というようなことが少なく、男性のように小物入れが必要という次第ではなかったのだろう、男中心社会の様相がこれで推測出来るわけだ。また逆に、男性諸氏は上記した小物類を携帯しなきゃ~、いささか心もとないというか、頼りないワケで、自己拡張を小物に依存しなきゃ~いけなのだった。

 だからポシェットのような密着感が高い入れ物が必携なワケで。

 

 我が所にある幾つかのフィギュアで、お腰の事情を見てみまヒョ。フィギュアというモノはそのキャラクターの性質を決定づける要素が押さえられてるから成立しているわけで、こういう時に便利だね。

 

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 インディアナ・ジョーンズ先生もムチを入れたり手帳を入れたりのミニ・バッグが必要になる。肩に袈裟懸けすりゃ何かと便利だ。

 

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 スタローンの『ランボー』とシュワルツェネッガーの『コマンド』を合体させて上手に版権を回避した中国製のゼンマイ玩具も腰廻りニギヤカ。

 

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 サンダーバードのボランティア兄弟たちの衣装は、腰に吊るすのと肩がけの両方を採用の贅沢仕様だけど、街中じゃ恥ずかしいね。あくまで災害救助時のカタチ。

 

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 農民衣装のルークも腰で勝負。これで町にも行けばデススターにも行った。

 1978年の日本公開時に販売のフィギュア。さすがにまだ、 ”お人形”。フィギュアって進歩したね。

 

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         ジョバンニもポシェットを愛用してら……。