月着陸から50年

 あれから、50年が経過したんですね。

 早いようで短く、短いようで長いようでもありますが、感慨深いなぁ。人間にとって1番のハイライト・シーンであったことはマチガイないでしょう。

 一方で、月面の静謐と裏腹、同時進行でもってベトナム戦争はいよいよ泥沼というのが50年前の、現実だったですね。

 沖縄の嘉手納基地は米軍の出撃基地として連日にB51爆撃機が飛んで降り、その巨体がもたらす災禍は眼もあてられない惨状の一翼を担っていたワケで、日本を含め世界規模で学生たちが街に出て戦争反対の闘争(個々の鬱屈した不平不満もからめて)を繰り広げ、ボコボコ殴ったり殴られたり、踏んだり蹴ったりのテンヤワンヤ。

 その戦争と平和の明暗の狭間にハスの花みたいに浮き立ったのが他天体への着陸だったかも知れずで、それから50年後の今、ハスの花の下、ラブ&ピースがより邁進したかといえば、チ~ッともそうでないのが残念な次第。

 

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 写真はアポロ11号司令船コロンビアのパイロットだったマイケル・コリンズと彼の著書。月旅行の後でコリンズ、オルドリン、アームストロングの3名は世界28カ国を訪問する旅に出たけど、そこでの歓迎では何処の国でも、

「我々は遂にやりましたね~!」

 異口同音、誰もがそう云ったことに言及したのが、このコリンズの本。

「あなたがたアメリカ人が」

 ではなく、皆が皆な、

「我々が」

 と口にしたことにコリンズは大きな感銘を受けたわけで、だからこそ本書の締めくくりでこれに触れ、国家力の高揚でないアポロの効能をうたったのだった。

 だから、はるか後年になってロン・ハワードが監修した記録映画『ザ・ムーン』もそこを映画の核に置いてた。

 

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 上写真は1972416日、アポロ16号打ち上げ前の光景。

 壁のスマイル・マークが愛嬌かつ意味深。

 この2ヶ月前、ニクソン大統領は電撃的に中国を訪問し、毛沢東ベトナム戦争をめぐっての話し合いをやったものの、一方では講和を有利に進めようと北ベトナムへの大規模空爆やらラオス侵攻やら、ハチャメチャが際立って、16号の月着陸ニュースなどは新聞の隅っこに追いやられていく……。

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Charles Duke reviews flight plan while undergoing spacesuit pressure checks prior to his launch to the Moon.

 

 しかし振り返ってみるに、11号でのコリンズの立場はおもしろいですなぁ。

 ボクらは36万キロの彼方の『この1歩は小さいけど人類には……』の様子をライブで見てたけど、1番間近い月の周回軌道上にいながら、そのテレビ中継を見られなかった稀有な存在が、この人。

 しかも、地球と月との交信の障害にならぬよう、彼は船内で極力に沈黙し、管制室への呼びかけをひかえて進行中のドラマを優先させていたんだから、頭がさがる。

 着陸した2人と司令船で留守を守る1人の、その明暗対比もおもしろいなぁ。

 ま~、正しくはここに明暗はなく、あくまでも役割分担、誰かが留守番役をしなきゃ~月に降りた2人が戻れないワケだけだし、降りないことでコリンズは逆に大きなものを得たはず。

 戻ってくる着陸船イーグルのために、いわば玄関の灯りたるドッキングライトを起動させ灯りをつけてやれるのはコリンズだけなんだし、降りられなかった悲哀よりも、この「おかえり~」の最初のアクションを繰り出せるマザー役もまた醍醐味ではなかったか。

 いっそ、司令船に留まったコリンズを中心に描いたアポロの映画があってもイイと思うけどね。

 

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ドッキング・ライトは機械船モジュールの外壁にあり、2船結合のドッキング時には卓上スタンドみたいに立って前方を照らし、街路灯手元の灯りとして必需のものだった。船の反対側にも埋込式タイプの前照灯あり。写真:TVC-15のペーパーモデル。

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 人が乗っかって月周回軌道を廻ったのはアポロ81011121314151617号。

 アポロ計画は一見同じコトの繰り返しに見えるけど、8号と17号では大違い。いわばコンピュータのOSがバージョンアップされるみたいに、回を増すごと、その役割に応じての改造がアチャコチャにあって、船はひたすら進化しているのでありました。

 

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 模型写真はアポロ17号。この17号でアポロ計画は打ち切られたわけだけど、もしも月探査がそのまま進行していたなら、たぶん、この司令船(機械船を含めて)の形ではもはや限界、次なる船の形が模索されたハズ。

 16号と17号では機械船の胴体部分のパネルが外れるよう設計され、そこに観測機器が置かれた。

 

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 でも観測終了後、飛行士は宇宙服を着てそこまで行かなきゃならなかった。パノラマカメラと精密地図作成のためのマッピングカメラのフイルムやデータを回収しにね、いったん外に出なきゃいけなかったわけだ。

 

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帰還中のアポロ17号船外でRエヴァンス飛行士がフィルム缶を回収している様子。腰のところに見える丸いのが缶。宇宙空間の極度の温度差と宇宙線だかの影響で既に船の表皮(被膜加工部分)がかなり傷んでいるのが判る。

 

 これを「深宇宙船外活動」というのだけど、たいそう危険な任務。そのために船外には随所にテスリが取り付けられ、飛行士はこれにすがりついて船尾方向に移動し、また戻るワケ。

 地球から遠く離れての、月の引力下での行動ゆえ、この作業は心理的にきつい。17号の船長だったジーン・サーナンは自著でその事を書いている。

 

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 1972年12月6日。初の夜間打ち上げとなる17号搭乗前、着付け中のジーン・サーナン。右は彼の著書

 

 あんまり知られてないけど、17号では3人の飛行士と一緒に実は5匹のマウスも連れていかれ、宇宙線の影響などの検体になってたよ。(途中1匹死んじゃったけど4匹は無事に帰還)

 ともあれこの17号の時点で、そのマシン・スペックの仕様限度まで使っての探査が行われたのがアポロ計画なのでしたぁ。

 

 次は火星ということ(そのためにもう一度月をめざすけど)になってるけど、近来の数多のSF系映画でそのヴィジュアル的な魅力はかなり堪能しちゃったから、月に降り立った時ほどの感動は……、現実が空想に負けて、薄いような気がしないでもないよ。

 いっそより遠くのエウロパ辺りならば感動が潮吹きしちゃいそうだけど、ま~だまだまだ先のハナシ。それに、も少し知見が進めばSF系映画に反映されて、エウロパの地底の凍えた海とかが描写されて、またも現実が後追いをするようなアンバイになるのじゃなかろうか。

 でもまた一方、ホンマに火星までの長距離をヒトは平然と行って帰ってこられるのかなぁ? 長期間の無重力とか浴びるであろう宇宙線の量とか、心理的閉塞感とかとか、かなり心配ではあるね。

 この心配のハラハラドキドキ感触が、ま~、SF物語じゃ味わえない本当のリアルって~もんだ。

 だから2週間ほど前、はやぶさ2の再着陸時での管制室の皆さんは、たぶん固唾のみつつ寿命を2年ほど縮め、やがて成功したと判るデータが届くや安堵と歓喜がやって来て、さっき縮めた寿命2年分とオマケ半年分くらいの利子が戻ってきて、トータルでちょっと得した心持ちをたっぷり味わったんじゃないしら。

 

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 ただ50年前のその時の歓喜と今の歓喜は、ちょいと違いますなっ。

 管制室の一同に葉巻が配られ互いに火をつけあったりで盛大に部屋に煙(ケム)を巻くのが、今はもう見られない。

 ノスタル爺イの嗜好でいえば……、そこがツマンナイのさ、かなりに。

 当時の映像を眺めるに、ミッション成功時での喜びは、そのシガレットやら葉巻を口にしての握手が主流で、ハグな抱擁を見ない。

 

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1970年4月17日。アポロ13号無事生還の直後。細身のシガーを口にするジーン・クランツ管制室主任の向こうでは握手。

 

 ま~、いわば葉巻だかシガレットの存在と煙(ケム)が、ヒトとヒトの狭間に置かれて巧妙な距離を作ってくれてるんだね。ベタな感情の炸裂がそれで抑制されていたんだよ。

 でも今や管制室はおろか基地敷地内でケム系は禁じられてるようだし、吸っちゃうヒトも少なくて、ま~、それゆえ葉巻咥えての握手じゃなく、そんな小道具がないから、肩抱き合って喜びを伝え合うみたいなコトになってるんだと、ボクは勝手に推測するんだ。

 その絶妙なところでの喜びようがね、文句をいうのでなく、ケム系なモノを推奨するわけでもなく、ノスタル爺さんというより偏屈爺さんみたいですが~ぁ……、なんかストレートに無邪気、じゃれ合う獣っぽくて、どこか退化な気配をおぼえ、逆にあんまりおもしろく感じられないの。

 

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 巻頭で登場したマイケル・コリンズ1990年に火星旅行に言及した本を出し、これは翻訳版も出た草思社刊。原題は「Mission to MARS」。何故こんなあざとい邦題をつけるんだろ? 本書ではたしかに2004年での火星行きが構想されていたけれど、あやかりの二番煎じ。ベタだね)

 彼の著作では『Carrying the Fire: An Astronaut's Journeys 』が、アポロ関連の本としては評価がとても高いのだけど、なぜか翻訳されてない。米国では月着陸50周年を記念して新装のパーパーバックも出てるんだけど、チェッ。

 

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で、もう1つ、チェッと舌打ちなのが、上写真(サイトにリンクしてます)。このドキュメンタリー作品が岡山じゃ、封切られないこと。広島じゃやってんだけど……。

チェッ