ウィルスとアポロ時代の隔離室

 過日、自転車で眼科通院中、左ふくらぎがゲキに痛たたた……。

 複数個所の微細な筋肉断裂らしきで、この数日、今度は眼じゃなく足で難儀してる今日この頃。いわゆる「肉ばなれ」のヤヤひどいやつ。

 メチャにペダルを廻したワケでもなく、何ででしょ?

 眼の安静に次いで今度はアンヨかよ〜〜。でも週末にゃ呑みに出るっ気ジュウブン。

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 以下の記事はもうだいぶんと前に一度書いたというか、とある製品のための解説文の一部として使ったものだけど、中国発の新たなウィルスでテンヤワンヤの今日このごろ、「感染」やら「隔離」という単語がヒンパンに登場で、ちょっと連想され思いおこされ、再録するコトにした。

 とはいえ再録じゃ~つまんないから、アレンジを加えるけど。

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 まず最初に、アポロ計画だ。

 アポロ計画では、11号から14号までの4回は、地球に戻ってきた宇宙飛行士は隔離された。

(アポロ13号は着陸せず戻ってきたので隔離なし)

 当時、月がどのようなアンバイなものかさっぱり判ってなかった。ヘンテコな菌とかがいて、それを持って帰ってきたら、えらいこっちゃ……

 というわけでアポロ計画では大規模な予算投じて、大がかりな隔離医療施設(LRL:Lunar Receiving Laboratory)を造った。

 

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1968年。建造中のLRL

 

 飛行士も月の石も、そこに隔離し、テッテ的に調べあげて、オッケ~なら地球の空気に触れさせましょうというプランだった。

 月から帰った3人の飛行士はそこで21日間、隔離検疫され、いわば潜伏期間と発症の状況をチェックされる。

 ただ、そこはアメリカ。狭っ苦しくない。

 最近の映画『アポロ11』でLRL内のガラス越しの面会室が描写された通り、ラウンジとか食堂とか、隔離される人は居間くらい広い個室とか、「閉じこめ感」はまったくない。

 部屋という単位でなくビルという単位での弩弓な隔離施設だった。

 

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 アポロ11号の時は、彼らの写真やインタビューを得ようとしてNASAの制止をふりきって接近しちゃったマスコミ関連者10数名と、NASAの関連者若干名も汚染が疑われ、同施設に強制隔離された。(全部で16名が隔離)

 たとえばNASAの写真技術者だったテリー・スレザークさんなどは、アームストロング船長が月面で使ったハスブロー・カメラからフイルムを出すさい、付着した謎の黒い物質(月面の塵)に触れたようだという事で、隔離されちまった。

 

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 一番気の毒だったのは、そのテリーさんの作業のためにLRLにカメラ機材を運び入れた人たち。テリーさんと一緒に隔離され、このアクシデントは当時の米国でわりと大きなニュースになってた。3週間の隔離を言い渡され、写真の通り表情さえない……。上の右写真は機材ともども、取り合えず隔離された直後のもの。

 

 そうやって14号までは隔離前提、検査漬けだったけど、何ら伝染する事がなかった。高熱出す人もなかった。

 それで、概ねダイジョウブという事で15号からは飛行士たちの隔離は廃止。

 

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 ただ、持ち帰った月の石や使った小道具なんぞは、その後のアポロでもこの施設で継続的に検査・研究され続けて今に至る。数年前、アポロ計画で持ち帰った月の岩石内から水分が発見されて大きな話題になったのも、この施設。

(来年2021年にLRLは、初期目的はすべて達成という事で取り壊し予定)

 

 アポロ司令船は海に着水した後、乗組員と持ち帰り物は上記施設に入るまでは「移動隔離室」に収用された。

 Mobile Quarantine Facilities.

 通称、MQFという。

 

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MQFのペーパモデル。

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帰還後、MQFの窓越しでワイフたちと面会のアポロ11のクルー

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模型。回収直後の隔離の情景イメージ。いったんMQFに入った宇宙飛行士は防護服に防護マスクに着替え、横付けされたアポロ機内から、月で使った宇宙服を含め諸々の持ち帰り物を取り出してMQFに移す

 

 MQFは米国人には馴染みの大型キャンピング・カーのボディ2台分をつなぎ合わせ、大改造したもの。

 タイヤは外され床下部分も大改造。自走しない。内部はやや減圧された密閉空間になっており、頑丈な基盤にそえられ、外部には諸々の装置が取りついてる。

 

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元は豪華なキャンピングカー。仕様違いで何種類も市販されてた。

 

 MQF-移動隔離室は4台造られた。

 内部は2段ベッドの4人分寝室(医師1人も同乗)、リビング、キッチン、トイレとシャワー室に判れ、移動中の食事は専用の遮蔽ボックスから内部に運び入れる。

 ボディにはダクト管や電話船を含むケーブルが取り付き、乗ってる飛行士の排泄物や呼吸した空気は外部に漏れないようなっている。

 

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右は模型再現の内装。

 

 当時新進気鋭の医者でSF作家のマイケル・クライトンなんかは、「それじゃ充分でない」と批難ゴ~ゴ~し、結果、彼は『アンドロメダ病原体』という未知のウィルスと隔離施設をテーマにした小説書いて大ヒットさせ、その映画『アンドロメダ』も秀逸な傑作としてヒットする。

 

 さて、ここからハナシが転換する。

 アポロ11号の月着陸と時同じくしての1969年。ナイジェリアのラッサ村で出血を伴う熱疾患患者が発生。治療にあたった医師も死亡した。

 たちまち隣国のギニアシエラレオネ共和国やガーナでも発病例が出た。

 それで米国は1970年、エボラ出血熱に匹敵する凶悪なウィルスと疑念し、医師団をシエラレオネ共和国に派遣した。

 医師をウィルスから防御するためにNASAから「移動隔離室」を1台借り出した。

 前年11月のアポロ12号で、ピート・コンラッド船長、アラン・ビーン・ディック・ゴードンの3人を隔離するという歴史的な重務をはたした車輌が、今度は外部から医師を保護するという逆転でもっての急遽の使用だった。

 

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19691124日。空母ヨークタウンに回収されMQFに入った12号の飛行士3人に海軍大将がねぎらいの声をかけるの図

 この車輌(車じゃないけど)は、MFQ-002という名で呼ばれてた。

 ちょうどその時、これは博物館展示を目的に海軍の整備基地に運び込まれた直後だったので都合が良かった。

 シエラレオネに空輸されたMFQ-002は現地で米国医師たちの防御ルームとして活用され、貢献した。そこでの研究で、ウィルス性感染症である事が確認され、ラッサ・ウィルスという名が決まった。

(今も毎年発症者が出るけどワクチンが開発されてるんで、もうさほど怖くない)

 

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ラッサウイルス

 

 大任はたして、医療チームの引き揚げと共にMFQ-002も米国に帰ってきた。

 でも、未知の悪しき菌がウヨウヨいる地域に持ってっちゃったので、すぐにミュージアム用にというワケに行かず、空輸されたアトランタの倉庫にひっそり置かれた。アトランタジョージア州北西部に位置した州都)

 そういう経緯があるんでビニール袋にくるまれたまま、誰も近寄らない……。ま~、気持ちは判る。

 

 そうこうする内、年数が経ってく。

 70年代は過ぎ、80年代も過ぎていく。

 当時の役人さんや担当者は部署が変わったり、退職したりで、どういう次第かチャンと引き継ぎが出来ていないまま、90年代アタマになってやっと、

12号の移動隔離室って、どうなってんの?」

 という声がNASAで、出る。

 

 アトランタの倉庫に入った事は判ってた。

 それでアトランタ市に連絡したら、

「そね~な古い記録、ありゃ~せんで」

 という答えで、事実、倉庫にない。

 

 その後の調査で、ジョージア州内で森林火災発生、同州の荒野消防士のための「移動司令室」として、流用された事がわかった。

「おいおい、勝手に使うなよ、それ政府の持ち物やで」

 初めて聞き知って、NASAの担当者は憮然とした。

 

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アトランタでは1996年にオリンピックが開催されてる

 

 けど追跡はそのあたりまで。そっから先、判んない。消防関係で「使い勝手が良くて司令室に最適」という事で、他州に貸し出したという話も出るが、追跡できない。

 物品管理の所轄が州をまたぎ、所轄が変わり物品入庫と抹消が書類上で繰り返され、担当者が変遷のたびに、このMFQ-002の所在は忘れられていく。

 これは行政の怠慢か? あるいは悪しき偶然か?

 NASAも途方にくれた。

 で、また10数年ほどが過ぎてく。謎は謎のまま、謎そのものが忘れかけられつつあった。

 

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 今からたった13年前の事……

 2007年の3月に、アラバマのスペース&ロケットセンターに、

「ペレー郡の西アラバマ魚卵孵化場にある建物は、ひょっとしてMQFでは?」

 とのメールが届く。

アラバマ州ジョージア州の隣り。河川面積は米国第1位で自然の植物・動物の多様性でも第1位)

 半信半疑でスペース&ロケットセンターのスタッフが、樹木覆い繁った小さな村に調査に出向くと、ビックリ仰天。上の写真ね ↑ 

 まさしく本物のそれだった。当時の内装も残り、製造当時のオリジナル・プレートも残ってる。

 スタッフは顔みあわせ、

「何でやねん?」

「何でこないなトコにあるねん」

 英語で言うた。

 

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 魚卵孵化場の人も、まさかそんな出自のモノとは知らなかった。

 行政の払い下げ品とかで、実に安いネダンで購入したらしい。

 作業の休憩用にとそこの従業員が内装なんかを手作りしちゃって、ちょっと居心地良い環境になるべく工夫されてたりもする。

 転々とさせられたという意味では、Mobile Quarantine Facilities……、モバイル・移動という所とファシリティ・施設という所だけは活かされ続けてたワケだけど、不遇というか、奇妙で数奇、よく見つかったもんだ……

 

 という次第で今は、レストアされ、ちゃんとミュージアム(通報を受けたアラバマのスペース&ロケットセンター)に展示されて余生をおくってる。

 このロケットセンターの土産店ではいっとき、うちのアポロの模型MQFを含む)を売ってたようだ。ようだ、というのは発注者が別名だったんで、そのときはよく判らなかったんだ、妙にたくさん買い付けてくれたなぁとは思ったけど。スーベニア・ショップの出入り業者が仕入れたんかしら? これまた、もはや追跡できない。

 

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アラバマのスペース&ロケットセンター内のミュージアム


 ちなみに他のMQFスミソニアンをはじめに、いずれも博物館に入ってるよ。(アポロ13号で未使用になったものは未展示)

 

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これは空母ヨークタウン・ミュージアム内に展示のアポロ14号で使ったMQF

 

 以上、かつての顛末を長々と紹介。

 新しいウィルスが出てくるたび、ヒトはドタバタしちゃう。ま~、それはしかたない事としても、アレコレ巻き込んでく内に、副次的に妙な事も起こしちゃうんだね。

 そんな昔話を持ち出しつつ、今の騒動……。

 対応の混迷も深刻のようで、バイオとモラルの2重のハザード。ウィルスの伝染速度と人間側の速度。

 その上に種々アレコレな情報の錯綜で、真実に価いするものがサッパリ見えないワケで、せっかく眼を手術したというに……、うまく直視できない難儀というか、やたらもどかしいですなッ。

 

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