冬場は夢が旬 ~ダリ~


眠ってるさなかの、夢。
冬場のそれと夏場のそれとは、なんか絶妙に違うような気がしている今日この頃。
皆さんいかがお過ごし、じゃ〜なくって、思われるかしら?

ボクの場合、どうも冬場の方がオモシロイのを見てるような感が濃い。
目覚めると同時にホボ消えはじめ、数秒後には、
「ナニ見てたっけ?」
もどかしいコト極上だけど、冬の夢の方がチョットなが〜くて、ドラマチックなもののようだ。たぶん、おフトンの温かみのヌクヌクが影響してるとは思うけど、ボクの場合、なが〜いSF仕立てのドラマが多い。
紅い砂の火星の広漠とした光景の中を鉄骨とガラスで出来たスクールバスみたいなのに複数で乗って、だいぶんと先にある音楽会場に向かってる道中でのアレやコレがどんどん脱線的なハナシとして紡がれる… みたいな。
だから、あんがい… 愉しい。
そういう長編を夏に見たおぼえがない。
そう思うと、夢には旬があるのかな? とバカなことを考えもする。
「2月の夢が最高だね〜」
などと云ってみたいもんだ。
云って、得するワケもないけど。



夢を扱った本や作品は多い。
けども、他人の夢のハナシにつきあいたくはない。
けども、中には、ボルヘスのような秀逸もあるし、これは個人的ハナシだけども某BARのママの夢の中で、
「アンタと一緒に火葬されかけた…」
というような怖い実話(夢のね)もあるんで、全部を拒絶するわけでもない。
夢物語という括りだと小説も映画もいっさいがその範疇に生息するんだから、な。
夢の生息場所は広大… なんだ。



6日ほど前、某ライブハウスにてOH君がただ1曲のみ歌うというシーンを観覧後、場所換えて数時間(気づくと朝の3時だったね)ヒチャチブリに呑んで語らったさなか、ダリのことが出てきたけど、ダリという人物が紡いだ作品をどう位置づけるかで、ダリの評価とダリを観る人そのもののカタチの輪郭が判るような… 気がしないではなかった。
シュルレアリスムと夢を一直線に結ぶ気はないけども、射程範囲の近似にはあるから、以下を書く。


ピカソがいい!
マティスがいい!
というのと、ダリがいい! というのとでは、どこか、何かが、決定的な違いがあるような気がして、いけない。
そこを確信的に語りきれないのが、ま〜、ダリのダリたる由縁なんだろう。
OH君も最近どこかで作品に接したらしきだけど、ブログに書きにくいと… にがく笑ってた。
そこはとても共感だ。ダリというのは描写しがたい属性がある画家なんだから…。

ダリは、深いようで浅い。
洗練されているようで、ダサく、うさんくさい。
鋭敏なようで鈍感な直情だったりする。
都会的? い〜や、だんこ田舎っぺ〜である。

以上はボクの感想だけども、その逆も同時にヒッソリ温存する。

ダリは、浅いようで深い。
ダサイようだけど、洗練されている。
直情にみせかけ、実は多感かつ繊細である。
都市の空気を呼吸し、吐く息はメトロポリタ〜ニャである…。

それら切り口の見極めがかなり曖昧でわかりにくいのが、ダリなんだろうとも思うし、ボクが好いているポイントのような気もする。
決定的にわかっているのは、ダリが、実にマジメなヒト、時に保守的な程に勤勉なヒトということ… だろう。
彼の著作、たとえば「天才の日記」などをめくってみると、扇情な記述の根底にマジメ過ぎの硬い人物がいて、グンニャリした時計を描くヒトには思えぬところが多々あって、衝撃させられる。
たとえば––––––––––––––––––
女性の腋毛のこと。
自分のウンコのこと。
部位的観察と考察が、真摯かつ高らかで、対象に向ける視線のピュア〜な度合いはちょっと部類がない。
ピカソにもマティスにも、そこまで露骨な正直はない。
ただ、そのピュア〜を絵画でなく文字で綴ってしまったところに、ダリのほころびがあるような気もするし、また、そうでないとも… とれないでもない。文字を連ねるダリの中の、虚実の分数配布が徹底して巧妙で惑乱させられもするから余計に。



夢という括りでもって彼のシュルレアリスム画を眺めるボクの感想は、だから未だ定まらない。
定まらないけど、ただ1つ、彼の描く空の色だけは、これは別格と思って久しい。
その色合いには、夢の朦朧がない。
彼が描いたカダケス、ポルト・リガート、フィゲラス辺りの空の色は、日本や英国のそれでなく、スペインの空、それも地方の夏場のそれ… そのものに見える。
とても深く、とても濃く、とても透明。紺碧という1語じゃ括れない、ダリの絵にのみある色だ。
どうもそこに、夢が入る余地のないダリの現実があるよう思える。


ダリの実物をボクが直に見たのは、はるか昔の大学生の頃で、大阪の大丸だか三越での規模大きな展覧会だったけど、思った以上に小さなキャンバスだったそれらの中の、濃く深い青を見た刹那の、吸い込まれるようなブルー感覚ったら… なかった、なっ。
いまだ、その時に相応する感覚を味わったことがない。



※ フィゲラスのダリ美術館で昨年に開催された真夜中のイベント。その告知ポスター。チケットは数分で完売だったらしい。


なので、いまさらに気づいたんだけど、ダリという画家を彼の画法に見合わせてシュールな空間に置く必要はないのかも知れないのだ。
彼の"浅い夢"とは切り離し、彼が無自覚に切り取っていたスペインの空気(とくに空)を味わうべき作品群… なのかも知れないのだ。
空は、ある意味では無だし、無は夢とも語呂合わせ出来ちゃうし… というのは過剰だけど、ダリもまた、夏と冬では違ったタイプの夢を見てたかしら? などと思ってみるのも一興だ。
その夢の中にも、彼の"空"はあったろうかも知れないし、その青さのみは、たぶん、ドリーミーなもんじゃない真実でしかない色彩だった… ような気がするわけなのだ。
少なくともボクは、彼の多くの絵に、"夏の暑熱"を感じる。汗ばみをおぼえる。


「内乱の予感」やら「記憶の固執」やらやらのタイトルも内容も実はさほど… 自分が毎夜に浴びる夢同様に意味はなく、それはあくまで手段で、彼は一貫して自分が吸っている空気の色、わけても、空模様を描いていただけかも知れない。
そう考えると、ボクはますますダリが好きになるなぁ。
ダリは、空を、カラッポを描き、かつ、演じ続けたんだ。…と。



ダリの作品中、イチバンに好きなのがこの『パン籠』。
1945年の油彩。33×38cmと小さいながら、ダリ宇宙が詰まってる。
フェルメールの『ミルクを注ぐ女』に登場のパン籠にいわばインスパイアされたもので、多くの評価はその描写に眼が注がれるようだけど…。
けども、そのスーパーリアルな技法に感心してちゃ〜いけない、と思うのだ。
それはダリの口実。


この作品の以前1926年にも同じタイトルでパン籠を描いてるけど、それとこの作品では作家ダリの心の在りようがまったく違う… とボクはみる。
本作の画面全体2/3を占めるダークな部分こそが命。
この絵を紹介するさい、黒部分をトリミングした例が多々あって、無茶をやるなぁと呆れもする。
1枚の絵として、この黒の占める割合と配置は、絵としての構図をあえて破綻させてもいる。
いるけれど… そこが要め。
空につながるカラッポがここに置かれているワケなのだ。その暗がりをジッと眺めてると、本当にカラッポなのか… と絶えず絵の方からこっちに問い合わせてくるから、これはとても空恐ろしくもある。
プラネタリウムを体感した方なら判るだろう、明かりが落ちるや、コンクリの丸天井が突然に無限大の空虚に変じる… あの闇に吸い込まれる感覚。
その黒は、どれだけ精度があがろうが印刷では再現出来ないだろう性質の、直筆の深みだ。
ダリは空間そのもの… への畏敬をここに籠めた。



量産といってもいい程に似通う絵を描き売って拝金主義と嘲笑もされたが、またそれを逆手にとってDALIとDOLLARを組みあわせた造語まで創って自己弁護でなく、ただもうヒトをケムに巻く手法に徹したダリだけど、この『パン籠』は終生手放さなかった。
そこのところに、「天才の秘密」があるような気がしてしかたないし、また同時に、彼の、彼の中の限界もまた感じないわけでもないのだけど、すくなくとも、この絵は画家ダリをダリたらしめて永劫の香気と光輝と宇宙的意味合いでの熱気を放ってると… 2017年2月のボクは思う。
そう、この絵は、"冷暗ながら尋常でなく熱い背景放射"を感じさせてくれる、唯一のヒトの手による絵画なんだ。
と、ことダリに関しては風呂敷拡げて誇大を申すのがヨロシイようで。

杉浦茂効果



作業を終え、あてがわれた1室でやっとシューズを脱いでシャワー浴び、ベッド・シーツをグチャグチャにし、枕を2〜3度たたいてカタチを変えて居心地良くしてから、ゴロリンと横たわって読む… 杉浦茂は最高だ。
読む… でなく眺めるが正しい。
なので文庫サイズはいかん。
すこしばかり大判がいい。


ボクにはもう1ページめから順にストーリーを追う必要がない馴染んだマンガ。開いたページの、ヒトコマヒトコマを眺める。
「武蔵野を歩くには道を選んじゃいかん」
明治の国木田独歩はそのようなことを『武蔵野』の第5章で書いてるけど、杉浦マンガも散歩的詩趣があって、だからボクは好き勝手なページを眺め、時に2〜3ページ飛ばしたり、4〜5ページ遡ったりする。
やや大判でないといけないのは、杉浦マンガはコマの背景にいる人物やモノまでが大いに"活きて"るから、そこを逃さないためにはチョビっとでもサイズ大が好もしいのだ。
そのコマゴマでは、脇役たちが主役たちの行いを眺めていて、よく笑い、よくコメントして、しかもノホホ〜ンとしてゆるがない。



うどんこプップのすけ。
ふうせんガムすけ。
らっきょうぼうや。
やさいサラダのすけ。
コロッケ五えんのすけ。
…まだまだいる。



(C)杉浦茂 「猿飛佐助」ちくま文庫版より


これら脇役たちが少年・猿飛佐助の忍術で痛いメに遭っても、彼らのセリフは、
「ひどいことすんなよ〜」
「あんりゃいたい」
「よわったねこりゃ」
「ばかばかばか」
と、実にまったくホンワカで、その上その背景で、別な通行人が、
「いけね、コロッケふんじゃったよ」
なのだから、も〜、ヒトコマヒトコマがご馳走ではあるまいか。
そも路上にコロッケが落ち、それを踏んじゃうシチュエーションというのは、こりゃ何じゃろ〜。
明治41年生まれの杉浦茂のマンガに、近頃のボクは、ケッタイな形をした生物が大量出現したカンブリア紀のエネルギッシュな躍動を重ね見たりする。
主役たちは平然と空を飛び、何ンかに化け、安く美味しいモノに舌鼓をうってポンポコ屈託ない笑みを見せてくれるが、そこに無垢なエネルギーの高圧を感じる。それが連想としてカンブリア紀に連なる。
そのうえ、極度に逸脱しながらゼッタイに安心して眺められる奇天烈。



(C)杉浦茂 杉浦茂モヒカン族の最後」集英社より


なんとこたびは読むうちに眠りこけ、夢をみて、けっこう高速で空を飛んでるのだった。
当初は県北の親戚宅に久しぶりに出向く道中で、なぜか近場までは道沿いを飛び、親戚の近くからは徒歩に切り替えなんだけど、いささか早くに着地してしまって、
「しまった、もう少し飛べばよかった」
などと後悔して歩いてる。
で、親戚宅について中を覗くと、膳が用意され、茶色い大きめな蓋つきの汁腕が7〜8つ見え、ふと気づくと道路の反対側の土手に親戚家族が一同して記念撮影している。
「あ、いわいごとか…」
それで気兼ねして、こりゃタイミングが悪いわい… こっそり空へ舞い上がった。
ちょっと寂しい感じにくるまれた頃、下方に池がみえ、その池に飛行機が映ってるんで見上げると、新式なドローンかラジコンらしいのが飛んでるんで、
「からかってやれ」
と、ボクは自分の身体ごとミレニアム・ファルコンに変身して、飛行機に近寄って、相手がビックリしてるのを大いに愉しんだ。
でも、急激に速度を可変したり回転したりしてる内、ソフト・ハットの真ん中を押しつぶしたみたいに、機体中央がペチャリンと変形してしまい、それでこれが紙製だと気づいたりした。
どういう次第か下方から女子高校生の会話が聞こえ、なぜそれが女子大生でないのか、その見極めはど〜なってんのだと自問しつつ、
「あれは課題の作品ね。どこの製品かな〜?」
なんて云ってる声が聞こえる。



こういう夢を見ちまったんだから、こりゃまったく、"杉浦茂効果"というもんだ。
杉浦的セリフでマネたら、
「いけね、夢に出ちゃったよー」
なワケで、久々、得した感じ。←実話ですぞ。



(C)杉浦茂 「猿飛佐助」ちくま文庫版より


上記の夢を見ちゃってもう3日経つ。
そんな次第あって、ボクは岡山の自室にて杉浦本を引っ張り出し、もいちど夢で会いましょうが出来るかしらと耽読中。
いやホントはこたびの安保法制強硬採決についても書いたんだけど… 怒りにかられたゆえ… 冷まそ〜と思ったりで。
実際こたびのアベとその仲間のフルマイは、
「ばかばか。ひどいことするなよー」
なのだ。
でも、失望するコタ〜ない。杉浦茂描く元気印のキャラクター同様、
「きのう、サバくったー!」
で、うっちゃって、勇気モリモリ来夏の選挙を待とうじゃないの。
ポイントは、戦争しませんの法則を国内でニチャニチャ云うだけでなくって、外に向けて大きく発信すべきところかな。



(C)杉浦茂 「ミフネ」集英社より



自室の杉浦関連をアレコレ引っ張り出してみる…。ひさしぶりに超大判だった植草甚一編集の「宝島」を眺めて、これまた久しぶりに大いに感嘆した。田川律の『まるで転がる石のようだった』に時代と躍動と、今となってはの感慨をおぼえないわけではなかった。


旬のパッションフルーツ



ここ数年で急速に、ガーデニングの植物として認知されつつあるパッションフルーツ
南洋産ゆえ、岡山では冬は室内に移動させなきゃ越冬しないけど、夏場の半年は庭でよくおごる。
けどもまだまだ、その食物としての実態は知られちゃいない。
そこで、この実が食物となる過程を、ホンの少し、ここに披露しておく。




写真の通り、けっこう大きな実となる。
けども食べられる部分はとてもとても少ない。
上写真のように大きくなるまで1ヶ月以上、かかる。
そしてある日、これがごく自然にポテッと地面に落ちる。
あんがい表皮は硬い。なので落ちて傷つくことはない。
それに、でかさの割りに随分と軽い。
その軽量さに、初めて接すると、
「えっ?」
と、なる筈。
でも、それがパッションフルーツだ。
人間は、ただ、これを拾えばいい。



で、落ちて1日経つと、このように色がついてくる。
この早い変化も、やや驚きだ。
でも、それがパッションフルーツだ。



2日めにはさらに濃くなる。
まだ食べてはいけない…。
放っておく。



さてそうすると、色素沈着がいっそう進み、さらには表面にシワが寄ってきはじめる。
写真のような変化が4〜5日で生じる。
何か、干からびていくようで、いささか忍びないが… 食べる部分の熟成が進んでいると… ここはご承知いただきたい。
籠にでも入れ、ジッと我慢の子たれ… というワケだ。



そこで閑話休題
籠に入れた様子を写真に撮る。
この写真… この構図… 
「どこかで観たなっ」
そう感じたアナタは素晴らしい。



そう、これはダリの高名な絵画『パン籠』を模したもの。
なので、広義には、これはパクりである。
ダリはパン籠をモチーフに2枚の絵を、1枚は1926年に、1枚は1945年に描いた。
19年の時間を端境に同一な絵を彼は描き、この2枚を終生、身辺に置いて売る事をしなかった。
だから、画家ダリにとってこの2枚は特別な意味ある作品だった… のだろう。



その1945年のとても不思議な空間のあるパン籠の絵を、こたびボクは模している。
ダリの絵の、左側上端のその暗い空間の置きようは、カメラの眼ではない。
もし、カメラでパン籠を撮ろうとすると、人は、このような構図ではゼッタイに撮らない。
パン籠をより中央に持っていく筈で、ベチャリといえば、これは構図として安定しない。
けども、ダリはそのスーパーリアリズムの先駆けとなる描写力のまま、あえてアンバランスともとれる配置でパン籠を描き見せた。広義な意味でそこに彼のデザインがあり、狭義にはこの絵の魅惑の核がある。


それを… ここで真似た。
なのでこれは、著作権のいささかの侵害であると捉えるコトも可能だろう。
ま〜、そこが難しい。
こたびのこの写真は、ダリの絵を想定してパチリiPhoneのシャッターを押している。
だから、ダンコ、模倣だ。
いささか照明の具合がダリのそれを再現出来ちゃいないから、良い模倣とはいいがたいし、空間の切り取りも不足している。
そも、模して撮ってるんだから、良いも悪いもない。
ダリは意識して左上端に大きな暗い空間のある絵を創った。
その暗い空間に、パンと籠以上の何かを顕そうとしたけど、ボクのは暗い空間に意味がない… 真似は真似でしかなく何もこえられない。



このあたりの"意識の配り"が、いわゆるデザインの世界では難しい。
今、例のオリンピックのロゴが問題になっているけれど、グラフィック・デザインというのは実に気の毒な"表現手段"と、ボクは思わないではいられない。
似ているといわれたら、それは必ずや何かに似てくるものだ。
とはいえ、こたびのデザイナー氏のは… ボクの眼でみれば、彼の他作品同様、うさんくさい。
その上で、
「こりゃダメでしょう」
のハンコが方々で押されたに関わらず、それを採用した決定権ある方々が、使うと主張し続けようとする…、いわば"やめるコトが出来ない"日本的感性とあわせ、とどのつまりは、かの映画『日本でいちばん長い日』でおそらくテーマとされた、戦争をやめられなくなる体質と同じ分泌液で構成された何かが、ここでもまた開陳されていると、いえなくもない。



さてと。
落下から概ね、7日か10日。
パッションフルーツはシワが増した。末期の赤色矮星という感じで赤みもダークな茶色に変じつつある。
そろそろ、頃合いだ。
いよいよ包丁を持ち出す時が、来た。




カットすると、ご覧の通り。
中央で、まるで柔らかな毛布で守られるようにして、種とその樹液がある。
例えは悪いが、見ためは、子供のアオバナみたい…。
それが、小さじ2杯か3杯の量。
食せる部分はこれだけなのだから、ガッカリしなくもない…。
典型的な南洋の、あの風味に加え、かなり強い酸味。
量にガッカリするけど、風味は南洋の一語。トロピカルだ。
種ごと、食べる。
パリポリ噛み砕くトロピカル。



この前テレビでたまたま観てしまったのだけど、とある島に"探検"に出向いた椎名誠は、その小さな島で売っていたパッションフルーツを1ダースほど買い、半分に割り、食べられる部分を指でかきだし、グラスの焼酎にのっけ、やはり指でグルグルグルかき回して、
「うまい!」
一声して、笑みていた。
なるほど、これは極めて正しい食し方… と、ボクは御大に尊敬の念をもった。
それで… コピーした。
真似て… といって指でグルグルはせず、あくまで品よく銀のサジ(うそ)でクルクルと、ゆるやかに混ぜて、麦焼酎の「むぎのこ」を割ってみた。
結果は同じである。
「うまい!」
の、一声あるのみ。
お酒のくせに、チョイと噛むというのも愉しめる。(なんせ種だらけだから)


毎日トマト朝夕キュウリ

規模ささやかな家庭菜園であっても、過剰は発生する。
どういうことか?

たとえば春も半ばにキュウリとトマトの小さな苗を買う。
1ポッド60円くらいで安いもんだし、でも1本のみじゃ、枯れたり根腐れの怖れもあるから、少なくとも2つ買う。120円づつ払う。
土に移植。これが枯れずスックスック両方とも成長する。
梅雨期の終わりから7月にかけてと、この2本×2種からキュウリとトマトが採れはじめる。




採れるのはイイけど… 量が問題、すなわち過剰の発生というワケなのだ。
昨日キュウリが3本か4本採れたら、もう翌々日の朝には3本、というように倍増しちゃって、気がつくと… 1ダースほどが常態でキッチンにあるから… ジワジワとうんざり数値があがるのだった。
これにナスがくわわり、うんざり3重奏。
個々べつに嫌いじゃ〜ないけど、毎日は食滞する。



なのでホントは家庭菜園の場合は苗は1本でイイとは思ってるんだけど、枯れるリスクを思うと最低2本… というのがここ数年の悩みというワケじゃないけど、ちょっと立ち止まってアタマをひねるような… モンダイだ。



しかしまた一方で、採れ採れの収穫を眺めると、絵画としての静物画が否応にもアタマにわいてくる。
以前、このブログで高橋由一の「鴨図」や「鮭」について触れ、ついこの前、その「鴨図」のホンモノがある山口県に出向いたさいにはそれをコッソリ強く意識したのじゃあるけど、もし高橋由一なら、キュウリにトマト、これをどう描くだろうと… ひそかに思って愉しんだ。



剣道に打ち込んでいた武士の由一が剣を絵筆に変え、幕末から明治にかけて、油絵具もキャンバス地を扱う画材屋なんぞはムロンありもしない時代にあってオイルペイントにのめっていく彼を21世紀の現在に置くことはバカげてるけど… でもキュウリの緑やトマトの赤、その形…、かつて高階秀爾が『日本近代美術史論』の中で喝破した、彼の迫真の写実が西欧絵画の写実伝統とはまったく異なる"非西欧的感受性"という1点から、いっそう想像の葉を茂らせるに、おそらくキュウリは恐ろしい程に克明に描かれつつも驚くほどに平坦なモノとして描かれるだろうと思えて、そこにまたあの「花魁」同様な、超現実的な、違和感を大いに伴う、けど1度観たらもう忘れられないのビジュアルを見せてくれるのではないか… と期待を寄せるのだった。



「鮭」にも「鴨図」にもおいしさを感じないのと同様、「花魁」に色っぽさを感じないのと同様、キュウリやトマトもまた高橋由一の筆では、おいしい瑞々しさなんぞは描かれないと思うのだ。
では何が描かれるか?
言葉で解けてしまえば絵画は言葉以下だし、言葉で解こうと絵画をみなきゃ絵画はまた成立もしない… こういう矛盾を含め、さ〜、そこを考えるのが愉しみというもんだ。
キュウリがたくさん採れたんで、こんなことを書いてるけど… めんど〜だなあ、ボクって。


その高橋由一がまだ存命だった明治の半ば、来日中の画家というか結局ラフカディオ・ハーン同様に日本女性と結婚した漫画家のビゴーは、当時の日本を外の眼でしたたかに描いて秀逸なんだけど…、ここに載せる絵なんかは、いみじくも21世紀の今に似た空気があって、すこぶる怖い。
これはビゴーが日本で発行していた『TÔBAÊ』に掲載の1枚。



タイトルは『口を封じられたジャーナリスト』。
すわらされているのは東京日々、毎日、郵便報知といった新聞社の記者。窓から覗いているのはビゴー本人らしい。官憲が手にしてるのは当時高まりつつあった自由民権運動を報じた新聞。
時の政権の、気にいらない報道機関への威圧。
ま〜、あれこれは云うまい。またぞろ同じが繰り替えされつつあるというコトの恐怖が1888年に既に描かれているというだけのコト… さほどキュウリとは関係はないけど絵の同時代ということでチョット一言した。


ビゴーの絵と由一の絵は当然に住処が違うし、由一は風刺画を志したわけもないけども、画家"個人"が何をホントに描き出そうとしているのか、ビゴーのそれは一瞥が勝負でもあるようだし、由一のはそうでない。彼の絵は平坦さを感じる反面、妙にアレコレを考えさせられ、その奇妙なフラットさ加減の中に何かがひそんでる… よう思えてしかたない。そこに政治はたぶんないにしろ、内なる光景が描かれているようだとは感じる。
オイルペイントという洋式を採用しつつ、彼は一向に、欧米に追従しない。描こうとしたのは、さ〜?



そこで酒井忠康は、『覚書 幕末・明治の美術』で由一の「鮭」を中心にアレコレ考察してくれて多少のヒントをあたえてくれ、
「あの鮭はどこの川で獲れたか」
と実にうまく脱線したりもして論文ではないエッセー的魅力も発揮されてらっしゃって、いっそうボクの脱線路線ぎみな生き方にプラス・アルファな何かを植えてくれたりもして、硬さよりも柔らかな指向の面白みを増加させてくれるけど… ま〜、ボクは描かれてもいないキュウリやトマトを、いま、考える。
このキュウリに政治は反映しないし、そうであって欲しくもないけど、そうやって明治の黎明期の画家に仮託させて、この夏のキュウリやらトマト達をどう記憶に位置づけようかと、考える。
たぶんに、それは「静止画」的光景が1番によかろうと。
iPhoneでスナップ撮影しただけじゃ〜ダメなのだ、この小さな菜園での収穫を物語るには…。
それで大袈裟に高橋由一をひっぱりだしてるわけ。
一夏の庭の想い出ポロポロを永遠にするためには、絵画という手法がイイなというハナシ。

化け物見極め 〜ルターは唄う〜

この前、誰かさんと電話で長話になったさい話題が化け物の事になって、
「近頃は多くて困るな。アレもコレもオバケじゃん」
というような事をしゃべってケララと笑ったんじゃあるけど… そうだな〜、ちょっと再定義しておかなきゃいかんなという事で、以下に書いておこっと。


いきなりで恐縮だけど…、
『龍ノ口山のお堂に化け物がいる』
『龍ノ口山のお堂に化け物があった』
以上の2つ、どちらの表現が正しい?
と、そう質問された場合、あなたはどちらを選ぶ?

どちらでもよろしいというのが概ねの解だろうけど、狭義には下側の『あった』が正しかろう。
なぜなら、"いる"というのは生ある消息としての"生き物"を指すから"いる"のであって、まずはそこを関門として、"化け物"を定義しなくっちゃ〜いけないでしょ。
呼吸の有無でもって、分けていこうというワケだ。
息をしているようなら、それはどんな姿であっても生き物だ。


化け物は呼吸しない。
そうすると路傍の石と変わらない。
私達は、
「石がいた」
とは云わない。
よって、「化け物があった」がやはり正しい言葉遣いなのである。


「あいつ、バケモンだぜ」
と云う場合は当然に、化け物じみてるの、たんなる比喩だ。
八岐大蛇も化け物じゃない。
あれはただの異形の大蛇なのだし、8股というなら頭は9つなくては数が合わないけど何故か8つしか頭のない妙な生き物でしかないし、人をばかすタヌキやキツネらは、これも生き物、その特性として化かす事が可能という程度なもんだろう。
そう考えていくと、だんだん化け物が減少していく。

ヤカンや鍋に足がはえて、これが部屋の中や外を駆けているようなら、これは呼吸しないであろうから化け物の正統だ。
お馴染みのお岩さんは、彼女は殺された後に登場しているから当然に呼吸はしていないわけで、なので幽霊のお岩さんは正統な化け物だ。
息もしないの何故に、
「うらめしや〜」
と発声出来るのかは謎として… そういうのは声帯系の学者先生にまかせよう。
幽霊と化け物は別という見解もあって、怨みを抱えたまま没した美人は幽霊となり、そうでないのは化け物になるという… これは区分けじゃなくって差別的な識別なので除外する。
(図は左がお岩さん。右はお菊さん)


水木しげる御大はその幽霊というトコロに着目し、幽霊族という区分を設けてそこに我らが鬼太郎を配置されて、これはなかなかスゴ腕な整理術と思うけども、彼やネズミ男が退治したたくさんの異形には、その幽霊族あり、生き物族あり、正統お化け族ありと… なかなか多様で広範で、そこに焦点をあてると鬼太郎君がいかにグローバルな、"困った時にお願い"的存在かという事もチョット判って、彼の支持率の高さの理由もまた判ろうというもんだ。むろん水木御大の分類法では呼吸ウンヌンは関係はない。幽霊族とはいえ、鬼太郎君はお金がなくってよく惰眠してというか、眠ることぐらいしか楽しみがないというのは周知の通りだろう。彼は呼吸してる。よって当分類法では生き物に属してる。



いささか見極めが難しいのが天狗だ。
どうもこの方々は呼吸をしているようなのだ。さて、では生き物or化け物、どっちやねんとなると… 実は答えは簡単だ。
化け物でもなく生き物でもなく、時に悪さをするのもいるらしいけど、彼らは生き物に限りなく近い神さんの1種だ。
例証としてあげるなら、当初はただの生き物だけど仏に帰依して神さんの眷属になったというのが滋賀は琵琶湖の竹生島(ちくぶじま)の天狗堂に伝わるオハナシだ。
澁澤龍彦の『ねむり姫』中の小篇『夢ちがえ』ではその消息がかなりゾクゾクするくらい良く描かれていて秀逸だった。
いよいよもって、正統オバケは減少する。
希少価値があがってきた。


ご承知の通り、菅原道真は没した後で怨霊となった。それを化け物と云ってしまうのはまったく気の毒だし、口が裂けたりツノが生えたりの異形でなく、姿もカタチもないまま眷属引き寄せ、その眷属めらが時に雷をうたせるなどして御所の清涼殿で死傷者をもたらしたりとアレコレ祟っていったから、後に天神さんと怖れられ祀られていくのはもっともだけど、彼のレコードはオバケ・コーナーにやはり置くのがいいようだ。ただ、出来るだけ… 神さん族のコーナーに限りなく近い場所へ。
まずは怖れられたけど、属性を変えて新生して復活した現在はお勉強の神さんとして今度はあがめられている… この希有を復興という意味合いでのルネサンスと云わずして何と呼ぼうかと、ちょっと思ったりさせられる存在なのがこの菅原道真だ。



話し次いでに云うと、マルティン・ルターって宗教改革の人がいるよね。カトリックから離れたプロテスタントの元祖となる偉い人の1人… ではあるんだろうし、じっさい彼の肖像画を見るに… 若い頃のそれには、干からびたパンと酸っぱいワインくらいしか胃におさめなかったろうと思える理念高らかに燃やしてるって感じの闘志が絵に映しとられているようで、悪くない。
しかし晩年に近い頃の肖像画にみる彼は、でっぷり肥えて、とてものコト偉い人に見えなくって、ともすれば堕落したブタの猪八戒に似通う化け物の醜怪さをおぼえるのは、わたしだけなのかしら?
そのような膨れたカタチになるには… いささか上等ふくよかな赤や脂質豊かなビーフの大量摂取が考えられる。それなくしてどうやって肥えるのか?
おまけに眼の光彩が、宗教家のそれでなくロシアの大統領のような政治屋っぽい猜疑と虎視眈々な策略色にしか映えないのはどうしたワケか。
顔カタチで人を判断しちゃ〜いけないけども、なんだかず〜〜っとそう感じて現在に至ってるんでルターさんにゃ申しワケないけど、聖職者として1番最初に結婚した人という所も加味されて、ど〜もこの人のイメージが変な俗物な感じに定着してしまってる。いきおい、化け物話に混ぜちゃうというのも失礼じゃあるけど…。


しかしこのルターさんがその肥満した顔と身体で、ワケの判らないラテン語のみで合唱されていた彼が住まうドイツの教会音楽を何とかしなきゃ… と思い立ち、自ら作詞作曲した平易なドイツ語での賛美歌を自らリュートを奏でつつ歌って普及に努めたという事実は、なんだかシンガーソングライターの元祖のようであり、お硬い教会内を新たなライブ感で満たし、そのグルーヴィ〜さでもって追っかけのフアンをつくっていって、それが宗教改革の底辺を拡大させたような感もあって、いわばクラシック全盛のさなかのロックンローラーだかパンク野郎めいた、ディランやビートルズ以上の革新をやってのけたようにも思えて、そこは鮮烈が際立つ。
それで…、今に伝わるレコードもCDもないから、一体どんな声の人だったんかな、あんがい甘い声音かもなと思ったりする。
けどまたやはり、その顔、その肥満姿には、"教会ライブ"後の打ち上げで甘いもん辛いもん色々お肉たっぷり食べてなきゃそ〜はならんわいな… 次の教会への道中も徒歩じゃなく馬にひかせた乗り物での悠々だろ? 成功者が陥るべく所に位置してるような、わだかまるような、やはり"化け"が進行してるような、妙なクエスチョンが浮くんだった。
もちろん一方で、太って二重顎をさらした肥え太ったアリノママの肖像画を拒否して美化したスリムな美形として画家に強いたりしなかったところには、ルターの、
人間らしくありたいな・人間なんだからな… 
開高健サントリーCMじゃ〜ないけど、正直な匂いも嗅げないことはない。この油彩を承認したところに、化け物にはならないぞと踏みとどまった生き物としてのツッパリも感じられないことはない。人間とは危ういものなり… と、そう自身の姿でうったえているのかもしれない。

横山光輝とブリューゲルと宮崎駿

京都の模型メーカー・(有)キャストの生嶋代表から本が送られてきた。
横山光輝 生誕80周年記念 MY Forevermore』
没後10年。横山御大の関係者一同が諸々の原稿を寄せた大判。
もう10年になるのか… と、ページをめくる。

昭和56年のインタビュー記事に眼がとまる。
御大は『バビル2世』に触れ、ブリューゲルの絵に触発されたとある。
連載開始時には塔を細やかに描き込んでたけど、だんだん描かなくなったのは、複数の連載の締め切りに追われて塔を描写する時間がなくって、ま〜、それで砂嵐で誤魔化す… と回想していて面白い。巻末の年譜をみると、当時、途方もない量の仕事をこなしてるのが判る。
(しかし没後10年というのに未だに横山光輝全集が刊行されないのはキッカイだ)
いや、しかし良いタイミングに贈ってくれたもんだ。生嶋氏に感謝。御本人の記事は、えっと、おっ、アルフィーの高見沢氏のページからちょっとめくったトコロに有るアル。しかし、アルフィー… そっか、ステージに鉄人28号が出たりするのか。ぅぅぅ、洗練とは云いがたいなぁ。


ま、アルフィーは放っておいて、なにが良いタイミングかというと、実にたまたまブリューゲル関連の本に眼をとおしていた矢先だったという、まっ、それだけのことだけど、小さな連鎖が起きたようでチョット面白がれた。
贈られた本の、作家の年譜を眺めてつい思ってしまうのだけど、横山光輝宮崎駿も膨大な量の絵を描いてるから「すげ〜〜」となるけど、ブリューゲルも1枚の中の骨密度が「すげ〜」ことはいうまでもない。
いったい何人の人で埋まってるのかと数えるのもアホらしいくらい、な勢い。

だから当然、ブリューゲル作品は縮小された図版でしかない画集なんぞでは、情報不足がはなはだしい。
情報という単語が近頃ボクはミョ〜に嫌いになりつつあるけど、ま〜、しかたない。
縮小されて細部がつぶれてしまって、伝わるべきが伝わってこない。


たとえば、『雪中の狩人』はボクが中学の時の教科書に載っていて、他の画家の絵に較べて着目度数が違ってた。眺めて飽きがこなかった。
他の絵は概ねで時計が止まっているのにブリューゲルだけは何やら時計が廻ってる感があった。
たくさんの物語が画中全域で進行していると判るから、そこにさらに妄想をくわえ、いわばその静止画をアニメーション的動画ととらえて、まこと勝手に、次のシーンを考えたり出来たのが、好きだった。
けども教科書の図版はとにかく小さい。たまさかボクは上記のようなアンバイで空想を挟みいれて愉しんだけど、実は絵の奥の方、画面のほぼ真ん中あたりで、下写真のような物語が進行していようとは思ってもいなかった。これを知ったのははるか後年だ。

「わ〜っ!」
と、それでビックラしつつ、かつての教科書が入門書にも至らないツマランもんだったのだなと… あらためて認識したもんだった。
だから、ブリューゲルを見るには、やはりその本物を直かに見なくちゃ〜、"見たぞ"と云いきれない。


それゆえに、宮崎駿がたしか『天空の城ラピュタ』を創る前だかに、わざわざ、本物の『バベルの塔』を見学にウィーンの美術史美術館に出向いたという事を最近になって知って、いささかの羨望とかなりの賞賛を禁じ得なかった。

1563年に描かれた実物のそれは高さが1mを少し越え、幅が2mに近い巨大なものだから、画集が幾ら大判になっても追いつかない。ボクの手元にあるその1つはやや大判に属してるけども見開いても左右あわせて40センチほど。模型に例えるなら本物のおよそ5分の1というワケで、やはり縮小に伴ってディティールの克明は失われる。完全再現じゃ〜ないワケだ。
細部に重要なものが多々あるブリューゲル作品に本気で接するには、やはり宮崎式に出向いていくしかない。
まさか、バベルの塔に街中と変わらない光景があるとは… 画集じゃ判らない細部の克明が山とある。

わざにブリューゲル作品を見にヨーロッパへ出向いた宮崎駿の映画を解くには、ブリューゲルの中にある味付けを思わなきゃいけない。
1つの要は好きに解釈してくれ〜、なのだ。
もう1つの要は、画家あるいはアニメーション映画の監督は、細部において、どこまで自作で愉しめるか、あるいは愉しんでいるのか、なのだ。
バベルの塔』を描いてるさなかのブリューゲルは、おそらく相当に良い時間を過ごしてる。描き出す醍醐味にもう愉しくって夜も眠られない、お布団の中で両足バタバタさせちゃうな感じだったんじゃなかろうか。
布団の中、食事のさなか、たえず部分の構想が涌いて、その積み上げとしての巨大な絵画の中の細部、細部の集合としての『バベルの塔』をいつまででも描き続けていたかったんじゃなかろうか。
ともあれブリューゲルはそのパッチワーク作業に成功し、宮崎はちょっと『ポニョ…』の辺りじゃしくじったりもしてる気配なれど、共々、自身の空想の断片を1つのフレームに収めようとしてるのは一致だ。だからストーリーはあるんだけども一方でそれは曖昧なものでもあって、眺める側としては、そのストーリーを追っかけるのではなくって、部分を面白がればイイわけだ。
と、書いてしまうとあまりに太平楽過ぎじゃあるし、ちょっとしくじったの記述もそれはこっちの解釈であって、当の宮崎監督にしてみりゃ、それしかございませんの組み立てであったろうから、解読の面白さはいつまでも継続するんだ。
いや、そもそも、解読というのがおかしいのかも知れない。
宮崎駿作品はシーンの1つ1つを愉しみ、ストーリーにはこだわず、型にはめなきゃ、眼を固定しなきゃ、イイのだ。ま〜もっとも、ボクらは映画をどうしてもストーリーで"見たがる"んで、いきおいシーンを愉しみましょうといってもなかなか難しいのじゃあるけど、少なくとも『ポニョ…』や『ハウルの動く城』は、ブリューゲル作品を観るように見りゃばいいのだ。こちらの空想なり妄想を加え見てもイイわけなのだ。


今、ボクがブリューゲル作品で1番に惹かれるのは、『怠け者の天国』だ。
右手に寝そべる腕枕の人物が気になってしかたない。
眼が開いてるでしょ。
空を眺めてるでしょ。
虚無が襲来して、
「俺、このままでイイんだろか?」
な、放蕩の限りを尽くした後の嗚呼無情って感もあるし、いっそ逆に、
「まだまだ俺、淫蕩三昧に徹してね〜な〜」
とも、とれそうだ。
服装と体形、小脇のノートだか本から、この人がそれなりの身分と教養と収入とある種の権利と権威をもって他者とはほんの少し違う人とは判るけど、そのご身分をどこか今その瞬間には放棄して、ただ静かに息づいてらっしゃるのが、どうも気になってしかたない。
この人物は醒めている。いや、自身を哀しんでいる。いや、天空を眺めて虚無なはかなさにヒッソリ哲学してる… と、どのようにも解釈出来るのを、なんとか自己流で1つの心象として彼の眼を解釈したくってたまらなくって、なので1番なのだ。


そばにある卵らしきが日本の平安期の頃の百鬼夜行みたいに妖怪変化し、左のパン(北欧の国の結婚のパーティなどででてくるブライというものらしい。タルトのようなもんか?)の屋根といい。右側背後の包丁が刺さるブタといい、既にそこは冥界のようでもあるし、そうするとこの絵はタイトルの通り、天国を描いたのか、あるいはその逆で実はそうやって寝倒れていなきゃならないタイプの煉獄なのか… など、どのようにも想像出来てしまうから… 困ったまま眺める時間がながくなって… 結局は愉しい時間を過ごせてるって〜ことになるんだ。

なのでボクはその愉しみの延長として、宮崎駿ブリューゲルの伝記みたいな映画を、文字通り型にはめないカタチで、「どこが伝記や?」と思ってしまうくらいなのを創ってもらえたらイイなぁと、引退宣言を無視してまたぞろ勝手に思ったりしてるんだ、この頃は。
フェルメール同様にブリューゲルという作家は謎多き存在で、生涯の半ばでネーデルランド(ベルギー界隈)からイタリアにただ1度っきり旅行したというコトしか判ってないようだから、だから余計に魅惑の濃度が濃いから、そこをブリューゲル的着想の末裔かもしれない宮崎駿監督の眼を通しての"旅の光景"を見せてもらいたいと、そう思うんだ。

鴨図

先日。「ネギしょって来い」との仰せ。割りと早い夕の6時にお邪魔ムシ。マ〜ちゃん宅で靴をぬぐ。
鴨鍋。
湯気に心躍って箸がはしゃぐ。
何度かベランダに出てシガレットをくゆらせ、そのたびに遭遇の、岡山駅にユルユルと入ってくる16輌編成の新幹線を眺める。ついでちょっと夜空を見遣って、鴨だか雁だかでも飛んでりゃ絵になるな〜と北叟笑む。むろん、そんなものは飛んでない。
こういう愉しく美味しい時間は高速で進む。アッという間に日付けが変わってる。


掛け軸には鴨を題材にしたのがけっこう、有るな。
別段どって〜こともない、シゲシゲ眺めて眼を細める程もなく、いささか退屈な趣きが拭えないけど、ま〜、それゆえ床の間の一等地にぶら下がって部屋をいっそう静めにの効能があるんだろう。
水面に浮くし、空も飛ぶし、雀よりは絵になりやすい。

室町の時代に、比較的大掛かりな庭池を所有する身分な者が池に鴨を放していたのも、頷ける。
6代目将軍の足利義教(よしのり)は敵対する赤松家の屋敷内で暗殺されたけど、赤松満祐に「庭の泉水で鴨が子を産み、それが並んで泳いでるんでカワイイから見に来てね」と申し出られて、つい気を弛め、
「うふ、かわいいのね。それ、みたいな〜」
ノコノコ出かけていって殺された、というようなカモになった話もある。
もちろん一方じゃ鴨は食料だったワケで、大坂城築城で束の間落ち着いた時期、秀吉は鴨の飼育を推奨したともいうし、鴨肉の消臭効果としてネギやらセリやらはアンガイ古い時代から相性良きものとして知られていたようだ。
「芹の上 鴨昼寝して うなされる」
と、江戸時代の川柳にもある。(誹風柳多留)
これが転じて、「鴨がネギ背負って…」というシュールなことわざになったのか、それとも逆であったかは今となっちゃ〜、もう判らない。
けども、それっくらいにカモと、セリだかネギだかが相性のいいカップルとして広く認知されてたというコトにはなる。
新撰組の芹沢が"芸名"を芹沢鴨としたのも、ま〜、そういう流れの駄洒落だけど、短絡でセンスが良いとはいいがたいのは… この人物の履歴を紐解くまでもない。
ともあれ龍馬が軍鶏(しゃも)ならコッチは鴨と… 京の都のあちゃこちゃで鍋が煮えたことには違いない。予想外に熱い豆腐にいずれもが舌を焼かれて、ハフハフ… となったに違いない。



鴨を"食材"として最初に描いた画家は明治の高橋由一だろうけど、妙なところに眼をつけたもんだ。
泳いだり飛んだりの鴨ではなくって、すでにシメられてグッタリ状態で板にのせられた場面なんだから、これはま〜、明治で初めて導入の油絵技法と相まって、革新だ。
この人の作品では、『鮭』があまりに有名だけど、それとて"食材"としての鮭を描いてるんだから、やはり妙な視線を持った人だったんだろうと思う。

しかもこの『鮭』はでっかくて、たしか複数描かれた内の1枚は120センチくらいの背丈だったような…。
なぜそんなに大きいのだろう? 紐で吊られた鮭から脂分が抜けていく様子を油でペイントするというところに密かにユーモアを感じたろうか? 
あるいは"オイル・オン・キャンバス"の二重奏を革新として意識し、そこを見せるにはよりデッカクに… だったのだろうか?



さてと残念ながらボクは『鴨図』の実物を見たことがない。オイルを意識したかも知れない『鮭図』と違い、こちらは実に淡々と、いかにも静物画っぽい構図じゃあるるけれど、鴨の周辺を仔細に見るとどうやら、やはり諸々な、いかにもお鍋向きの食材が描かれ配置されても、いるよう思える。
『鴨図』は山口県立美術館にある。
機会あらば直かに見て、曲がった鴨の首の右手に描かれている植物らしきが芹なのかどうかを確認したい…。でもって、食欲そそられ、またぞろ、
「鴨鍋しよ〜よ〜!」
と、なるかどうかもチェックだな、この場合。
まだ全身に毛がついた鳥にストレートに食欲をもよおす… ということは何だか希有な感触とも思えるし、でも例えば、NHKでかつてやってた『シャーロック・ホームズ』では、盗んだダイヤを七面鳥に呑み込ませてる事件があって、そこで描かれた生きた七面鳥とグッタリの七面鳥にはいささか"美味しい"ものを感じたりもしたから、どの瞬間で"生き物"から"食い物"に自分の中で変化が起きるのかも… 要チェックというわけだ。