新見の山中で蕎麦を食べる

いささか唐突、時間を捻出し… 新見に出向く。
新見というのは岡山県の小さな市で、広島県にほど近い山間部にあって… 日本で最初の電子投票を実施した市。
出向くのは何年ぶりだろ?
たしか最後に出かけたのはある仕事で、新見市長にVTRインタビューするという事だったと思う。
再選されて今も現職だけど石垣市長には悪くない印象を、ボクは持った…。
若者の大半は産まれた同市を離れていく。人口は減少し続ける。よって高齢化が進む。
数年前の市町村合併に伴って、市としての統計数字上の人口は増えたけども、それに見合う医師の数はもう啞然とするくらい圧倒的に少ない。特産たる千屋牛の飼育農家は高齢化が進む上に後継者がない… などなどな酷烈な問題を日常のコトとして抱えた市長は、けれどその苦悩やら苦渋を背負いつつ、アレコレ懸命に対処しうる方策を、笑みつつ、模索してらっしゃった。
田畑を荒らす猪をならばいっそ特産にと、猪ラーメンを売り出した頃だった。肥育しているワケでなく、あくまでも捕獲ゆえ、供給が不安定なのがネックなのだ…。
そんな諸々を笑顔とジョークを交えて話される市長の、机の後ろの棚にスペースシャトルで宇宙に出向いた向井さんの写真が飾ってあるのが、ボクには印象深かった。
という余談はさておき、さてと、久しぶりの新見。


目的地は新見美術館。
6月いっぱいという期限で「山本高樹・昭和幻風景ジオラマ展」が開催されていると聞き、模型でありし形を再現するというのを1つのテーマに掲げてる自分としては、ひとめ、見ておくべし…  という次第なのだった。
NHKの『梅ちゃん日記』タイトルバックで使われた作品ほか多数。
思ったよりも氏の模型はサイズが大きかった。意外や、室内灯に豆電球を用いていらっしゃる。当然か… 球切れ交換が出来るよう設えられていた。
極度に良い… というワケでもなかったけど、総じて氏の製作エネルギーは感じることが出来た。
情熱が昂ぶった状態が模型の随所でカタチになって、そこに好感と共感がもてた。
ちなみに、"ジオラマ"と一般的には記されるが、ボクは好まない。
かねてよりボクは"ディオラマ"と表記する。
明治期にこの言葉が日本に入った当初は事実、一部ではそう記されてもいた…。
"ジ"ではなく、"ディ"と書くことによって、ふくらみ、奥行きが広がる感触をボクはもつ。
面白いコトに山本高樹氏は一部の作品に「ヂオラマ」と記してらっしゃった。
作家としてのこだわりが見え、そこにもまた共鳴を感じた。


新見美術館のいささか急な石段を登るのはボクは初めてだったけど、同行のM嬢は2どめ。つい最近ここにミュージアムの仕事がらみで来てる。
そんな関係で顔馴染みな学芸員もいて、その人より、
「ちょっと距離があるし、山の中だけど…」
美味しい蕎麦屋があると聞き、昼食をそこで取ることにした。
井倉洞の大きな駐車場前を過ぎ、うねった山道を登る。
随分と急斜。
いけどもいけども店はおろか人家もない。
「ほんまかいや?」
「た、たぶん…」
と、訝しみつつ車を駆け上がらせてる、その道際にカンバンが出てきたので、多少、安堵。
ヒトヤマ登り詰めた所が草間台という場所だった。
蕎麦道場・田舎屋。
駐車場には香川ナンバーや姫路ナンバーがいる。
あんがい、知る人ぞ知る… なのかも知れない。
ゆったりしたお座敷に座る。


ボクはけんちんそば。
相方は山菜そば。
けんちんそばは大根、里芋、にんじんの煮え具合や良し。短く切られた蕎麦に合う。黒い点が表層に幾つもある木訥(ぼくとつ)とした麺。
里芋の甘味と蕎麦の風味とがうまく混ざり、登り詰めた山の中静かさが旨味を増加させもする。
思ってたより2倍うまかったので2人密かに微笑した。
名の通り、ここでは蕎麦打ちの教室も開かれているようだ。客席に連なる奥の大きなスペースを"道場"にしてらっしゃる。
店外に出て、車を駆け出そうとして、はじめて気がついた。
あたりの畑いっぱいに蕎麦の花が咲いている。
なワケで、車内すぐソバでピース。

夜になって、OJF(ジャズフェス)で記録写真を撮ってくれてる1人から電話があり、
「あ〜たが興味を持つはずの展覧会を新見でやってたんでわざわざ行ってきたぞ。パンフを買ってあげたぞ」
な電話あり。
「へっ? 今日? ニイミ… ぁ…」
ボクらも出向いてるとは、ちょっと云えない…。


ちなみに、新見の夜は早い。
夜の12時前にはもう… どの居酒屋も閉まってしまうんだ。
むしろ、そこが、ものすごく大事な気がする。夜は夜。昼は昼。天体の運行に沿った生活がホントは一番にいいのだ… あらためるまでもない自明を感じさせられる。
なかなかに、そうはイカナイ現実の日常を… 映す鏡のような新見時間。